太宰治に搦む中也by檀一雄
中也の歩行は、
たいていの場合、酒場で終着し、
たいていの場合、一騒ぎありました。
中原中也と交流のあった
多くの文学者、創作家がその一騒ぎについて書いています。
檀一雄の「小説 太宰治」から引用します。
――――寒い日だった。中原中也と草野心平氏が、私の家にやって来て、ちょうど、居合わせた太宰と、四人で連れ立って、「おかめ」に出掛けていった。初めのうちは、太宰と中原は、いかにも睦まじ気に話し合っていたが、酔が廻るにつれて、例の凄絶な、中原の搦みになり、
「はい」「そうは思わない」などと、太宰はしきりに中原の鋭鋒を、さけていた。しかし、中原を尊敬していただけに、いつのまにかその声は例の、甘くたるんだような響きになる。
「あい。そうかしら?」そんなふうに聞こえてくる。
「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。全体、おめえは何の花が好きだい?」
太宰は閉口して、泣き出しそうな顔だった。
「ええ? 何だいおめえの好きな花は」
まるで断崖から飛び降りるような思いつめた表情で、しかし甘ったるい、今にも泣き出しそうな声で、とぎれとぎれに太宰は云った。
「モ、モ、ノ、ハ、ナ」云い終って、例の愛情、不信、含羞、拒絶何とも云えないような、くしゃくしゃな悲しいうす笑いを泛べながら、しばらくじっと、中原の顔をみつめていた。
「チェッ、だからおめえは」と中原の声が、肝に顫うようだった。
そのあとの乱闘は、一体、誰が誰と組み合ったのか、その発端のいきさつが、全くわからない。
少なくとも私は、太宰の救援に立って、中原の抑制に努めただろう。気がついてみると、私は草野心平氏の蓬髪を握って掴みあっていた。それから、ドウと倒れた。
「おかめ」のガラス戸が、粉微塵に四散した事を覚えている。いつの間にか太宰の姿は見えなかった。私は「おかめ」から少し手前の路地の中で、大きな丸太を一本、手に持っていて、かまえていた。中原と心平氏が、やってきたなら、一撃の下に脳天を割る。
その時の、自分の心の平衡の状態は、今どう考えても納得はゆかないが、しかし、その興奮状態だけははっきりと覚えている。不思議だ。あんな時期がある。
幸いにして、中原も心平氏も、別な通りに抜けて帰ったようだった。古谷綱武夫妻が、驚いてなだめながら私のその丸太を奪い取った。すると、古谷夫妻も一緒に飲んでいたはずだったが、酒場の情景の中には、どうしても思い起こせない。
(檀一雄「小説太宰治」岩波現代文庫より)
それにしても
青鯖が空に浮かんだような顔しやがって
には笑えますね。
中也はきっと
書かれた言葉の魅力に劣らない
喋り言葉の迫力をもっていたのでありましょう
機関銃のように飛び出す
言葉。
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