秋の一日/シレーヌの誘惑
3-4-4-3-4と
計18行の最終連の4行が
しばしばあげつらわれる
名高い作品です。
ポケットに手を突っ込んで
ぼくは歩いた
夜の街を
ランボーが
パリの街を歩いたように
中也は東京の街を歩き
横浜の路地を抜け
波止場に出ます
今日の僕の魂に合う
詩の断片を探しにいってこよう
歩く詩人が
歩きながら
あるいは歩いた果てに
掴み取ろうとしているものこそ
詩そのものでした
シレーヌの誘惑になんて
負けてはいられぬ
ぼくが探しているのは
一片の詩……
*
秋の一日
こんな朝、遅く目覚める人達は
戸にあたる風と轍(わだち)との音によつて、
サイレンの棲む海に溺れる。
夏の夜の露店の会話と、
建築家の良心はもうない。
あらゆるものは古代歴史と
花崗岩のかなたの地平の目の色。
今朝はすべてが領事館旗のもとに従順で、
私は錫(しやく)と広場と天鼓のほかのなんにも知らない。
軟体動物のしやがれ声にも気をとめないで、
紫の蹲(しやが)んだ影して公園で、乳児は口に砂を入れる。
(水色のプラットホームと
躁(はしや)ぐ少女と嘲笑(あざわら)ふヤンキイは
いやだ いやだ!)
ぽけっとに手を突込んで
路次を抜け、波止場に出でて
今日の日の魂に合ふ
布切屑(きれくづ)をでも探して来よう。
(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより)
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