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2008年6月11日 (水)

いのちの声 その2

20080127_013h

一気に、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと読んでしまいます。
第1節は、Ⅰというナンバーはふられていませんが、
起承転結の起になっていて、
Ⅱは承、
Ⅲは転、
Ⅳは結という構成になっています。

寂漠の気分にとらえられる僕だが
ずっぽりとその中に沈潜しているものではなく
何かをいつも求めている
その何かとは何か、と立ち上がった詩は

Ⅱで
それは、手短に説明しようとしても出来ないものなんだ
生きるってことは簡単には説明出来ないものだ
だからこそ生きるということは価値をもっている、
としかいえないような……

と引き継いでいきます。

その後、どう展開していくのでしょうか
とにかく、いっぺん、読んでみましょう。

  Ⅱ
否何(いづ)れとさへそれはいふことの出来ぬもの!
手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、
説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値するものと信ずる
それよ現実! 汚れなき幸福! あらはるものはあらはるまゝによいといふこと!

人は皆、知ると知らぬに拘(かかは)らず、そのことを希望しており、
勝敗に心覚(さと)き程は知るによしないものであれ、
それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み
誰もがこの世にある限り、完全には望み得ないもの!

併(しか)し幸福というものが、このやうに無私の境(さかひ)のものであり、
かの慧敏(けいびん)なる商人の、称して阿呆(あほう)といふものであらう底のものとすれば、
めしをくはねば生きてゆかれぬ現身(うつしみ)の世は、
不公平なものであるよといはねばならぬ

だが、それが此(こ)の世といふものなんで、
其処(そこ)に我等は生きてをり、それは任意の不公平ではなく、
それに因(よつ)て我等自身も構成されたる原理であれば、
然(しか)らば、この世に極端はないとて、一先ず休心するもよからう。

  Ⅲ
されば要は、熱情の問題である。
汝、心の底より立腹せば
怒れよ!

さあれ、怒ることこそ
汝(な)が最後なる目標の前にであれ、
この言(こと)ゆめゆめおろそかにする勿(なか)れ。

そは、熱情はひととき持続し、やがて熄(や)むなるに、
その社会的効果は存続し、
汝(な)が次なる行為への転調の障(さまた)げとなるなれば。

  Ⅳ
ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)
*同書でルビのふられた箇所は( )の中に表記しました。

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