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2008年7月 5日 (土)

夕照/戦地に聞こえる詩

20070904_025

どこだかで大岡昇平が
戦地でこの詩の一節を
口ずさんで苦しい時を
やり過ごした、
というようなことを書いています。

「野火」「レイテ戦記」の作家が
この詩に何を感じていたのか
を思って、この詩を読んでいる
自分に気付きます。

とすると……

鄙唄の歌い手は
誰なのか

丘々が向こうの方に
女性が胸に手をあてがって
祈っているかのように
見えます

金色の落陽は
慈愛に満ちて……

草原から鄙唄が聞こえ
山の木々はつましい

ここに母がいます。

母を思っている私は
この時
子どもが踏んづけた貝を見るのです。

貝の肉……
これをどう解するか
さまざまですが
人の世の現実
悲しみの溢れる
いかんともしがたい……

こんなときであるからこそ
剛直な心を保ち
奥ゆかしく諦めよう

じっとこらえて
腕組んで
歩いてゆくのです。

 *

 夕照

丘々は、胸に手を当て
退けり。
落陽は、慈愛の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたひ
山に樹々、
老いてつましき心ばせ。

かゝる折しも我ありぬ
小児に踏まれし
貝の肉。

かゝるをりしも剛直の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。

(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより)

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