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2008年7月20日 (日)

「白痴群」の中也と大岡昇平2

20080719_011

大岡昇平が書いた「白痴群」(「文学界」1956年9月号初出)に引用された中原中也の「千葉寺雑記」で

雑誌が漸くだれてゐました所へ同人の一人と争ひというやうなわけでその雑誌はやめになりました。

と、ある「同人の一人」こそ、大岡昇平でありました。

大岡昇平は
「白痴群」の頃、つまり、昭和4、5年の頃を回想して、「白痴群」というタイトルの論評(これも中原中也評伝の一つにすぎない)を、戦後およそ10年を経てまとめているのですが、これをもしも中也が読んだら、どんなかことになるのか、また二人は取っ組み合いをしはじめるのか……。

そんなことを想像するだけでワクワクしてくるような、中也との「争い」をリアルに描いているのです。

「俘虜記」(1949年)
「野火」(1952年)

より後のことです。
1956年(昭和31年)のことです。

中也没後およそ20年が経過していました。
中也は1937年(昭和12年)に30歳で亡くなりました。
大岡昇平は、1909年(明治42年)生まれで、中也より2歳年下です。

中也への眼差しは、愛情にあふれたものですから、ぜひとも、このくだりは大岡昇平「白痴群」を読んでいただきたいのですが(*角川文庫「中原中也」大岡昇平著で読めます)、こんなふうに書いています。

中原も酔うと安原を除いて、我々を罵ることが多くなった。問題の喧嘩の時は、私は二重廻しを着ていたから、五年の一月「白痴群」第五号が出た時の同人会の時だったと思う。目黒不動の裏の安原の家だった。中原が富永次郎を罵り出した。「帰れ」「帰るとも」というような問答で、なぐり合いになりそうだったので、私が間に入ると、そんなら貴様が相手だということになった。富永は先に帰った。

「表へ出ろ」
ついでに散会ということになり、阿部六郎も村井康男も一緒に外へ出た。ほんとの喧嘩になろうとは誰も思っていなかったのだが、だんだん中原が私をなぐる気らしいのがわかって来た。「こっちへ来い」といって二重廻しの袖をつかんで、外の連中から引き離し、道傍の立木の間へ連れ込んだ。

仕方がないから、先へ立って歩いて行くと、いきなり後から、首筋をなぐった。歩いている人間をうしろからなぐるんだから、あんまり衝撃はない。私は向き直ったが、スタヴローギンになったつもりで、手を二重廻しのポケットから出さなかった。

中原は抵抗しないのに安心して「中原さんの腕前を見たか」とか何とかいいながら、跳躍しながら、拳骨で突きを入れて来た。これは少し痛かったが、私は最初の方針通り手を出さなかった。

私の中原への政策は、反抗してもいい負かされてしまうから、何もいわずに、ただ背を向けるということであった。外で会ったら、出来るだけ早く「さよなら」し、家へ来そうな日は外へ出てしまうのである。

理由をいわないのは卑怯だが、いう理由など実はなかったかもしれない。しかしとにかく何もいわずに反いている以上、鉄拳ぐらい我慢してやるというのが、スタヴローギン的感傷だったが、私も人になぐられたのは物心ついてからこれが初めてである。怪我にはならなかったが、なぐられた跡が、精神的に変にうずいた。

それから中原が酒席で罵る時、こっちから手を出すことにした。この時のなぐり方で、おとなしくしていれば、かさにかかって来る奴だということがわかったからである。
(改行を適宜、入れてあります)

太宰治とか、坂口安吾とか、中村光夫とか……。
中也から遠い文学者たちとの喧嘩と
大岡昇平との喧嘩とは
異なっていたと見るべきなのかもしれません。

何よりも
同人内部のことでしたから……。

しかし、大岡昇平は
「白痴群」を冷ややかな眼で見ています。

「白痴群」がつぶれたのは、決して中原と私が喧嘩したためではない。第五号も半分以上中原の原稿である。最初から書きたいものを持っていたのは、中原と河上だけで、あとはただ何となく書いたものが活字になるのがうれしいという程度で、熱心というものが全然なかった。

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