詩人の祈り/妹よ
女ならだれしも
もう死んだっていいよう、と
どこか心の底で思っているのであろう。
なぜ、そんなことが言えるのか
というと
男だってだれしも
もう死んだっていいよう、と
思うことがあるからであります。
人はだれしも
もう死んだっていいよう、と
どこか心の底で思っていることがあるらしく
だから
可愛い女が、そう言うとき
男は、何をすればいいのか
何と言ってやればいいのか
途方に暮れるのであります
だから
祈るしかないのであります。
もう死んだっていいよう、を聞く人は
だから、お兄さんにならざるを得ないのです。
*
妹よ
夜、うつくしい魂は涕(な)いて、
――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
もう死んだつていいよう……といふのであつた。
湿つた野原の黒い土、短い草の上を
夜風は吹いて、
死んだつていいよう、死んだつていいよう、と、
うつくしい魂は涕くのであつた。
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかつた……
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)
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