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2008年7月 5日 (土)

ためいき/荷車の音

20080616_012_2

夜の沼とは
たとえば
井の頭池とか石神井池とか
幽霊でも出てきそうな東京の
樹木が鬱蒼と茂る暗闇で
夜ともなれば
瘴気が立ち込める

詩人のためいきはそこへ行き
目をパチクリさせるのです。
そのパチクリは怨めしそうであり
限界を超えてパチンと破裂します。
知り合いの若い学者先生たちは
首筋を幾本もの木々のようにしています。

孤絶、疎外、焦燥……などから
詩人が抱え込んだためいきは深まり
時として爆発するのです。

木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

河上君!
君の友達の仏文学生たちは
ほんに素直で嫌味がなくて……
木みたいだねえ
木々が首筋のようだねえ

多少からかいも含めて
尊敬のあいさつを贈っているようです
ぼくのためいきなんか聞こえていないようだ

たとえば詩人は
眠れぬ夜を一人自室で過ごします。
夜が明けると
地平線が見える窓が開くことでしょう。

荷車をひいてゆく百姓は
詩人のこと
町へ向かっていくのです。
その吐き出すためいきは
いっそう深いものになり
丘にさしかかった荷車の音にかぶさります。
ためいきはすでに荒々しい呼吸です。

野原には頭上に松の木
荷車をひく詩人を見守っています。
あっさりしていて笑わない
おじさんのようです。

あるいはそれは

空気の層の底で
魚を捕まえているのかもしれません。

空が曇り
神が見えなくなると
イナゴたちは砂土にもぐり
目だけを出して見るでしょう。

遠くの町は、石灰のように白々としていて
ピョートル大帝の大きな目玉が
雲の中にギラギラ光っています。

ためいきは
神を呼ぶほどに
深く……。

 *

 ためいき
   河上徹太郎に

ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気(しやうき)の中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

夜が明けたら地平線に、窓が開(あ)くだらう。
荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。
ためいきはなほ深くして、
丘に響きあたる荷車の音のやうであるだらう。

野原に突出た山ノ端の松が、私を看守(みまも)つてゐるだらう。
それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうであるだらう。
神様が気層の底の、魚を捕つてゐるやうだ。

空が曇つたら、蝗螽(いなご)の瞳が、砂土の中に覗くだらう。
遠くに町が、石灰みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光つてゐる。

*瘴気 熱病を起させる毒気。
*ピョートル大帝 ロシア皇帝ピョートル一世(1672―1724)。西欧文化を積極的に取り入れ、絶対主義帝政を確立した。
(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより)

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