夏の日の歌/いじらしい夏空
難しい語句が一つもなく
はじめ、稚拙を思わせる
平易な言葉の列だけで
ある夏の1日の、ある昼間の
静かな時間、静かな空間を
歌います。
アスファルトの道が
一瞬、時間を止めたかのように
澄んで、清々しく
タールの焦げ茶はいっそう鮮やかです。
青い空は動かない、
雲一つないから、動かない
炎天の夏日が
静もりかえった一時(いっとき)を
感じさせることがあるのを
人はみな経験しています。
どこか懐かしい感覚!
何もない青空なのに
何かがある!
いじらしく思わせる何かがある
それは
微動だにしない向日葵
図太い向日葵の黄色
田舎の駅の植え込みに咲いています。
シュッシュポッポ ポーッ
シュッシュポッポ ポーッ
山に抱かれて
裾野を走る汽車が汽笛を鳴らす
お上手! お上手!
やんちゃ坊主をしっかり育てている
母さんのようです。
ああ
静かな
夏の日。
あれは
母さんの……
*
夏の日の歌
青い空は動かない、
雲片(ぎれ)一つあるでない。
夏の真昼の静かには
タールの光も清くなる。
夏の空には何かがある、
いぢらしく思はせる何かがある、
焦げて図太い向日葵(ひまはり)が
田舎の駅には咲いてゐる。
上手に子供を育てゆく、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
山の近くを走る時。
山の近くを走りながら、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
夏の真昼の暑い時。
(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより)
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