カテゴリー

2023年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 凄まじい黄昏/屍体累々 | トップページ | 悲しき朝/知れざる炎 »

2008年7月 2日 (水)

乗り手のない自転車/逝く夏の歌

20070426_003p

「帰郷」あたりから
東京を離れたイメージになり
「凄じき黄昏」
今回の「逝く夏の歌」
「悲しき朝」
「夏の日の歌」
「夕照」まで
どことなく開けた感じの景観風物や自然が
歌われていると思えませんか。
気のせいかもしれません。

中也が「帰郷」以後の数編を
制作日の順に配列した、
というより
詩が喚起するイメージの共鳴を狙って
一つのまとまりをつけた、
と見るほうが面白そうです。

「凄じき黄昏」の戦争は
「逝く夏の歌」の

飛行機、
陥落、
騎兵聯隊、
上肢の運動、
下級官吏の赤靴……

の戦争へと、すんなりと続いていきます。

そうして、この詩の主人公は旅人です。
旅人はそして私です。

第1連第1-2行は空
3-4行は旅人
第2連第1-2行は山の端
3-4行は私

というように主語が入れ替わり
対をなします。
空が見ます私が見付けます。
山の端が清くします私が塗っておきます。

空が見る
山の端が清くする
ここに戸惑うこともありません
ごく自然な擬人法で
すんなり通じます。

第3連
風はリボンを空に送り、
で、視線は転換し
戦争に向かいます。

陥落した海とは
中也が1歳の時に滞在した旅順、か。
その陥落は、歴史的事件で
むろん中也は経験しているわけではありません……。
記憶にすらありません……。

その戦争の悲惨さを語ろう
というのではないようです。

海や、その浪や……。
騎兵聯隊や上肢の運動や……、
下級官吏の赤靴のことや
乗り手もなく行く自転車のことを

語ろうと思うのです。

乗り手もなく行く自転車!

ここに私=詩人が語ろうとしている
悲しみのすべてがあります。

 *

 逝く夏の歌

並木の梢が深く息を吸つて、
空は高く高く、それを見てゐた。
日の照る砂地に落ちてゐた硝子(ガラス)を、
歩み来た旅人は周章(あわ)てて見付けた。

山の端は、澄んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。

風はリボンを空に送り、
私は嘗(かつ)て陥落した海のことを 
その浪のことを語らうと思ふ。

騎兵聯隊や上肢の運動や、
下級官吏の赤靴のことや、
山沿ひの道を乗手(のりて)もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。

(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより)

« 凄まじい黄昏/屍体累々 | トップページ | 悲しき朝/知れざる炎 »

0001はじめての中原中也」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 乗り手のない自転車/逝く夏の歌:

« 凄まじい黄昏/屍体累々 | トップページ | 悲しき朝/知れざる炎 »