雪の宵/ひとり酒
北原白秋の詩集「思い出」の中の作品
「青いソフトに」は
七五調の4行詩。
青いソフトに降る雪は
過ぎしその手か、ささやきか、
酒か、薄荷か、いつのまに
消ゆる涙か、なつかしや。
中也は、
その冒頭の2行の中の
「青いソフト」を
「ホテルの屋根」と置き換えて
「雪の宵」の導入に使いました。
ホテルに降る雪ならば
かつての帝国ホテルのようなそれが
昭和初期にはあったに違いありませんが
今、中也は、
ホテルを眼前にしているわけでもありません。
第6連
徐かに私は酒のんで
悔と悔とに身もそぞろ。
なのが、現在なのです。
またしても
一人酒の僕……。
いまごろどうしているのやら
いつかは帰ってくるのかなあ、と
酒をグイっとやっては
煙草をプカプカ……。
白秋の詩をひもといている内に
つい、泰子への追憶にひたります。
「汚れつちまつた悲しみに」の雪のように
ここでも、雪は
やわらかい!
ほのかな熱があり
冷たいだけの雪ではありません。
雪は冷たいのですが
なぜか、冷たいだけの雪ではないのです。
その上
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。
のです。
しかし、
ふかふか煙突も
赤い火の粉も
僕には遠い……
*
雪の宵
青いソフトに降る雪は
過ぎしその手か囁(ささや)きか 白秋
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか
ふかふか煙突煙(けむ)吐いて、
赤い火の粉も刎(は)ね上る。
今夜み空はまつ暗で、
暗い空から降る雪は……
ほんに別れたあのをんな、
いまごろどうしてゐるのやら。
ほんにわかれたあのをんな、
いまに帰つてくるのやら
徐(しづ)かに私は酒のんで
悔と悔とに身もそぞろ。
しづかにしづかに酒のんで
いとしおもひにそそらるる……
ホテルの屋根に降る雪は
過ぎしその手か、囁きか
ふかふか煙突煙吐いて
赤い火の粉も刎ね上る。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)
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