みちこ/肉体賛美
女性崇拝とか
女性賛美とかいうより
肉体賛美の詩。
胸むね
目め・まなこ・ひとみ
額ひたい(顙ぬか)
項くびすじ・うなじ
腕かいな・うで
一つひとつを賛美しています。
肉体賛美は
中也の場合
当然、精神の賛美でありますが
それ以外の何ものもありません
女を賛美しながら
他の何ものも賛美しません
倫理的なるもの
思想的なるもの、を
賛美しません
すでに
失われてしまった恋であるゆえにか
この賛美は、
完全ですし
未練がましさがない
透明感があります
現実での話、この女性は
長谷川泰子や
他の女性が推論されていますが
女がだれそれと特定されなくともOK
と言えるほどに
女性一般の美しさを
歌い上げている、
と受け取った方が味わい深くなります
何故って
固有の肉体の賛美に
付き合っちゃあいられないですよ
あなたの胸はまるで海のようだ
大きく打ち寄せ打ち上がる。
遥かな空、青い波に
涼しい風が吹いて
磯が白々と続いているかのようだ
また、あなたの目は、あの空の
遠い果てをも映し
次々に並んでやって来る波の
とても速く移ろっていくのに似ている。
あなたの目は
見るともなしに
沖を行く舟をみている
また、あなたの額の美しいこと!
物音に驚いて
昼寝から目覚めた牡牛のように
あどけなく
軽やかでしとやかに
頭をもたげたかと見る間に
打ち臥して眠りに入る
しどけない、あなたの首筋は虹のようで
力なく、赤ん坊のような腕をして
絃(いと)うたあはせはやきふし
ここで
長考……
いとうたあわせはやきふし
イトウタアワセハヤキフシ
糸・唄・合わせ・速き・節
弦楽器の弦の糸と歌、とは、
音曲とか歌曲ほどの意味だろうか
歌曲の速いフレーズに乗って
あなたが踊ると
海原は涙に濡れて金色の夕日を湛(たた)え
沖の瀬は、とても遠く、
向こうの方に静かに潤(うるお)っている
空に、あなたの息が絶えようとする
その瞬間を
僕は見るのでした
みちこ
きれいだよ
*
みちこ
そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。
またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
竝びくるなみ、渚(なぎさ)なみ、
いとすみやかにうつろひぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。
またその顙(ぬか)のうつくしさ
ふと物音におどろきて
午睡の夢をさまされし
牡牛(をうし)のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯しぬ。
しどけなき、なれが頸(うなじ)は虹にして
ちからなき、嬰児(みどりご)ごとき腕(かひな)して
絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれはながめぬ。
*頸 通例「うなじ」とは読めないが、原本の詩集「山羊の歌」本分ルビのままとした。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)
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