秋の消息/新宿のアドバルーン
「骨」の前に置かれた作品。
はじめから数えて22番目にある
「秋の消息」には
「新宿」が出てきます。
最終行に
此の日頃、広告気球は新宿の
空に揚りて漂へり
ソラニアガリテタダヨエリ
と、あります。
単に、秋が来たことを歌った詩で、
ちょうど、今頃の爽やかさにふさわしく
ドラマチックな展開があるでもなく
のんびりしていて、いいですね。
教会堂の石段も
新宿のものでしょうか。
石段に腰掛けて
日向ぼっこする詩人の目に
秋の柔らかな陽光に包まれた花が見え
建物か、どこかの物陰から
コオロギの鳴く声が聞こえています。
強い日ざしのおもかげさえ残り
からだはあったかいけれど
手足には、ひんやりする秋の日差し。
からだに暖か
手や足に、ひえびえ
この繊細な表現!
平凡な作品のようだけれど
中也の深みは
されげなく、こんな詩句に存在する
ふと見上げれば
百貨店の宣伝アドバルーンが
青空にポッカリ
ユラリユラリ揺れています
三越百貨店あたりの
イメージでしょうか。
そうでなくとも
角筈あたりを
歩いている詩人の姿が見えてきます。
*
秋の消息
麻は朝、人の肌(はだへ)に追い縋(すが)り
雀らの、声も硬うはなりました
煙突の、煙は風に乱れ散り
火山灰掘れば氷のある如く
けざやけき顥気(かうき)の底に青空は
冷たく沈み、しみじみと
教会堂の石段に
日向ぼつこをしてあれば
陽光(ひかり)に廻(めぐ)る花々や
物蔭に、すずろすだける虫の音(ね)や
秋の日は、からだに暖か
手や足に、ひえびえとして
此の日頃、広告気球は新宿の
空に揚りて漂へり
*顥気 天上に漂う白く明るい気。
角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』より)
*原文のルビは、( )内に表記しました。(編者)
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