残暑/女性誌デビュー
「秋」にちなんだ歌を
読み進めていきます。
第35番は
「残暑」。
「中原中也必携」(吉田熈生編)によると
初出は「婦人公論」昭和11年(1936)9月号。
中也の女性誌デビューです。
1936年は、やがて長男文也の死にあう年ですが
そんなことになることを
詩人はまったく知りません。
女性の読者を
幾分か意識していることが
感じられるでしょうか。
畳が黄ばんできた、と言ったのは
奥さんの孝子でしょうか。
残暑厳しい
昼下がり
詩人は
所在無く
畳の上に
寝転んで
蝿がうなっているのを聞いていて
今日の朝
畳が黄ばんできたね
そろそろ替え時かしら
なんて言っていたのを
ぼんやり思い出しています。
それやこれやと
とりとめもなく
思い出したりしているうちに
眠ってしまった。
目覚めたのは夕方ちかくで
カナカナは鳴いており
木々は陽を浴びており
ぼくは庭木に水をまいた。
まいた水が
木々の枝々に
溜まって光っているのを
いつまでもいつまでも
ぼくは眺めていた。
……
午睡をむさぼる
平和な時間を歌っているように見えても
ここに、詩人は
爆弾をしかけているのです。
違うよちがうよ
僕は
葉末の水滴が美しい、なんて
思ってもみないのさ。
そんなものをぼーーっと見ている自分が
悲しいのですよ。
*
残 暑
畳の上に、寝ころばう、
蝿(はへ)はブンブン 唸つてる
畳ももはや 黄色くなつたと
今朝がた 誰かが云つてゐたつけ
それやこれやと とりとめもなく
僕の頭に 記憶は浮かび
浮かぶがまゝに 浮かべてゐるうち
いつしか 僕は眠つてゐたのだ
覚めたのは 夕方ちかく
まだかなかな[#「かなかな」に傍点]は 啼(な)いてたけれど
樹々の梢は 陽を受けてたけど、
僕は庭木に 打水やつた
打水が、樹々の下枝(しづえ)の葉の尖(さき)に
光つてゐるのをいつまでも、僕は見てゐた
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』より)
*原文のルビは、( )内に表記しました。
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