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2008年10月21日 (火)

三歳の記憶/白秋「石竹の思ひ出」

「在りし日の歌」7番目の歌。
「三歳の記憶」について、さらに。

 

北原白秋の叙情歌集「思ひ出」は
明治44年(1914年)に刊行され、
中に、「石竹の思ひ出」があります。

 

中也の「三歳の記憶」は、
この詩をヒントにしたという研究がありますので、
ここに、「石竹の思ひ出」全行を引きます。

 

 *
 石竹の思ひ出

 

なにゆゑに人々の笑ひしか。
われは知らず、
え知る筈なし、
そは稚(いとけな)き三歳のむかしなれば。
 
暑き日なりき。
物音もなき夏の日のあかるき真昼なりき。
息ぐるしく、珍らしく、何事か意味ありげなる。
 
誰(た)が家か、われは知らず。
われはただ老爺(ヂイヤン)の張れる黄色かりし提燈(ちやうちん)を知る。
眼のわろき老婆(バン)の土間にて割(さ)きつつある
青き液(しる)出す小さなる貝類のにほひを知る。
 
わが悩ましき昼寝の夢よりさめたるとき、
ふくらなる或る女の両手(もろて)は
弾機(ばね)のごとも慌てたる熱き力もて
かき抱(いだ)き、光れる縁側へと連れゆきぬ。
花ありき、赤き小さき花、石竹(せきちく)の花。
 
無邪気なる放尿……
幼児(をさなご)は静(しづ)こころなく凝視(みつ)めつつあり。
赤き赤き石竹の花は痛きまでその瞳にうつり、
何ものか、背後(うしろ)にて擽(こそば)ゆし。絵艸紙(ゑざふし)の古ぼけし手触(てざはり)にや。
 
なにごとの可笑(をかし)さぞ。
数多(あまた)の若き漁夫(ロツキユ)と着物つけぬ女との集まりて、
珍らしく、恐ろしきもの、
そを見むと無益にも霊(たまし)動かす。
 
柔かき乳房もて頭(かうべ)を圧(お)され、
幼児(をさなご)は怪しげなる何物をか感じたり。
何時(いつ)までも何時までも、五月蝿(うるさ)く、なつかしく、やるせなく、
身をすりつけて女は呼吸(いき)す。
その汗の臭(にほひ)の強さ、くるしさ、せつなさ、
恐ろしき何やらむ背後(うしろ)にぞ居(を)れ。
 
なにゆゑに人々の笑ひつる。
われは知らず。
え知る筈なし。
そは稚(いとけな)き三歳の日のむかしなれば。
 
暑き日なりき。
物音もなき鹹河(しほかは)の傍のあかるき真昼なりき。
蒸すが如き幼年の恐怖(おそれ)より
尿(いばり)しつつ……われのただ凝視(みつ)めてありし
赤き花、小さき花、眼に痛き石竹の花。

 

全文引用はここまで。

 

ふくよかな女性に抱えられて
縁側でオシッコをした3歳のときの思い出です。
吉行淳之介の小説にも
こんなのがありましたっけね。
よくある、話ですが……。

 

中也の詩とは、遠い世界ですよ!
読み間違えないでくださいね。

 

そりゃ、ヒントにしたかもしれませんし、
似ているといえば似ていますが、
中也の「三歳の記憶」は、
エロスを歌っていませんよ。
まったく異なる世界です。

 

疎外感とか
悲しみ、絶望……
怖ろしいものの初体験

 

――部屋の中は ひつそりしてゐて、
隣家(となり)は空に 舞ひ去つてゐた!
隣家は空に 舞ひ去つてゐた!

 

隣家は空に 舞ひ去つてゐた! の経験の記憶ですよ。

 

 *
 三歳の記憶
縁側に陽があたつてて、
樹脂(きやに)が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭(には)は、
土は枇杷(びは)いろ 蝿(はへ)が唸(な)く。

 

稚厠(おかは)の上に 抱へられてた、
すると尻から 蛔虫(むし)が下がつた。
その蛔虫が、稚厠の浅瀬で動くので
動くので、私は吃驚(びつくり)しちまつた。

 

あゝあ、ほんとに怖かつた
なんだか不思議に怖かつた、
それでわたしはひとしきり
ひと泣き泣いて やつたんだ。

 

あゝ、怖かつた怖かつた
――部屋の中は ひつそりしてゐて、
隣家(となり)は空に 舞ひ去つてゐた!
隣家は空に 舞ひ去つてゐた!

 

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』より)
 *原文のルビは、( )内に表記しました。

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