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2008年10月19日 (日)

青い瞳/ゴールデンバット

Blueeys2

by Matt Seppings

 

さて、「在りし日の歌」を
読み続けます。

 

6番目の作品「青い瞳」は、
外国人のことではありません。
「青」は、
第4番「早春の風」の
「青き女(をみな)」と同じように読むとよいのかもしれません。
とすると、
これは詩人自身のことになりますか。

 

昭和10年(1935年)10月頃の制作で、
中也28歳。
この年12月に「四季」同人になります。

 

「中原中也の手紙」の著者、安原喜弘は、
同書昭和10年「手紙91 6月5日(封書)」(四谷 花園町)の項で、
次のように記します。

 

「(略)この夏の頃から私たちの往き来は次第に稀になつていつた。私は多く旅に出て暮らし、彼を訪れるのも月に一度ぐらいであつたろうか。彼は詩壇の一角にその名を知られ、かなりに多忙な詩人生活であった。この年12月彼は詩誌「四季」の同人になつている。(略)私は次に、今手許に残された僅かの手紙により、私にとつてはまことに心重い彼の昇天に至る最後の2年間をあわただしく叙(のべ)り終ろうとする。

 

前年、長男文也が誕生、
第一詩集「山羊の歌」の出版がかない、
充実した詩人生活がはじまっていた時、
安原は、中也との往来を減らしていた。

 

安原は、中也の「四季」入りを
好ましく思っていなかったようでした。

 

「青い瞳」が、
この流れと直接に関係して
書かれたものではありませんが、
中也は、ようやく、
「一般読者」なるものを意識して詩作しはじめた、
というようなことは考えられます。

 

夏の朝は、
その時が過ぎつつあった、
あの時は過ぎつつあった、と、
いまや遠い日となった、
青い瞳の
喪失が歌われ……

 

冬の朝は、
それから日が経ち
飛行場で
消え去ってゆく飛行機を見送る
寒い朝の
作り笑顔のむなしさが歌われ……

 

飛行機に残つたのは僕、
バットの空箱(から)を蹴つてみる

 

と、孤独な僕が
ゴールデンバットの空箱を蹴ってみせるシーンで
締めくくります。
この、オチが利いています。
まことに
中也にはゴールデンバットが似合います。

 

 *
 青い瞳

 

1 夏の朝
かなしい心に夜が明けた、
  うれしい心に夜が明けた、
いいや、これはどうしたといふのだ?
  さてもかなしい夜の明けだ!

 

青い瞳は動かなかつた、
  世界はまだみな眠つてゐた、
さうして『その時』は過ぎつつあつた、
  あゝ、遐(とほ)い遐いい話。

 

青い瞳は動かなかつた、
  ――いまは動いてゐるかもしれない……
青い瞳は動かなかつた、
  いたいたしくて美しかつた!

 

私はいまは此処(ここ)にゐる、黄色い灯影に。
  あれからどうなつたのかしらない……
あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた!
  碧(あを)い、噴き出す蒸気のやうに。

 

2 冬の朝
それからそれがどうなつたのか……
それは僕には分らなかつた
とにかく朝霧罩(こ)めた飛行場から
機影はもう永遠に消え去つてゐた。

 

あとには残酷な砂礫(されき)だの、雑草だの
頬を裂(き)るやうな寒さが残つた。
――こんな残酷な空寞(くうばく)たる朝にも猶(なほ)
人は人に笑顔を以て対さねばならないとは

 

なんとも情ないことに思はれるのだつたが
それなのに其処(そこ)でもまた
笑ひを沢山|湛(たた)へた者ほど
優越を感じてゐるのであつた。

 

陽は霧に光り、草葉の霜は解け、
遠くの民家に鶏(とり)は鳴いたが、
霧も光も霜も鶏も
みんな人々の心には沁(し)まず、
人々は家に帰つて食卓についた。
     (飛行機に残つたのは僕、
      バットの空箱(から)を蹴つてみる)
*バット ゴールデンバット。1906年から発売された国産煙草の銘柄。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』より)
 *原文のルビは、( )内に表記しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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