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2008年11月23日 (日)

タイトルに「夏」のある詩について<12>

詩集「在りし日の歌」の29番目に
「初夏の夜」はあります。
29番目は、「蛙声」が58番目で最後ですから、
丁度、真ん中に置かれた詩ということになります。

「文学界」の昭和10年(1935年)8月号に発表され、
制作は、同年6月6日であることがわかっています。
(吉田凞生編、学燈社「中原中也必携」より)

この日付の前後に詩人は、
東京に出てから何回目かになる
引越しをしていますから、
その状況が、詩に反映されているのかもしれません。
しかし、そんな状況を知らなくても、
作品は十分に味わうことが可能です。

回想されては、すべてがかなしい

第7行の、この1行に
この詩は、向かい、
周りを回り、ぐるっと回って、
また、戻ってくる、
そういう形の詩です。
散文詩といっていいかもしれません。

冒頭の1~3行
また今年(こんねん)も夏が来て、
夜は、蒸気で出来た白熊が、
沼をわたつてやつてくる。

この中の
蒸気で出来た白熊、とは
回想の中身のことです。
色々、思い出されて、かなしいのですが、
その色々の中身のことを、
蒸気で出来た白熊、と表現したのです。
なんと、シュールな表現でしょう!

終わりのほうで、
遠いい物音、とあるのも、
回想の中身を、聴覚的に表したものでしょう

それら、色々な回想が、
6月、初夏の夜の、
心地よい風に乗って運ばれてくるのではありますが、
なんだか悲しいのは
今、行ったばかりの列車の轟音が
消えていって、鉄橋の向うの、上の空が
うっすら青黒く、あまりに美しい色合いだからです……。

 *
 初夏の夜

また今年(こんねん)も夏が来て、
夜は、蒸気で出来た白熊が、
沼をわたつてやつてくる。
――色々のことがあつたんです。
色々のことをして来たものです。
嬉しいことも、あつたのですが、
回想されては、すべてがかなしい
鉄製の、軋音(あつおん)さながら
なべては夕暮迫るけはひに
幼年も、老年も、青年も壮年も、
共々に余りに可憐な声をばあげて、
薄暮の中で舞ふ蛾の下で
はかなくも可憐な顎(あご)をしてゐるのです。
されば今夜(こんや)六月の良夜(あたらよ)なりとはいへ、
遠いい物音が、心地よく風に送られて来るとはいへ、
なにがなし悲しい思ひであるのは、
消えたばかしの鉄橋の響音、
大河(おおかは)の、その鉄橋の上方に、空はぼんやりと石盤色であるのです。

*良夜 可惜夜(あたらよ)。朝が来るのが惜しく思われるほど美しい夜。 
*石盤色 青みがかった黒色。石盤は、石を薄い板に加工したもので、蝋石などで筆記する道具。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました

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