タイトルに「夏」のある詩について<13>
安原喜弘宛の手紙の幾つかの中に
中原中也が帰省中の山口から出したものがあり、
その中の幾つかに
「甲子園を聞いた」ことが散見されます。
昭和7年 手紙47 8月16日(はがき) 山口市湯田
(略)毎日甲子園聞いてゐます、退屈です。上京したく、茂つぽにもあひたいですが、二十二三日迄は立てないやうです(略)
昭和9年 手紙77 8月25日(封書) 山口市湯田
御手紙有難うございました 御変りもなくて何よりです 僕はブラブラと暮らしてゐます 甲子園がある間は毎日聞いてゐました(略)
と、いったふうに。
「夏の夜に覚めてみた夢」は
夏の夜の寝入りばなに、
野球の試合の夢を見たことを歌った作品で、
詩集「在りし日の歌」の26番目にあります。
「四季」昭和10年(1935年)10月号に発表され、
同年8月ごろに制作されたと推定されています。
(吉田凞生編、学燈社「中原中也必携」より)
中也は28歳です。
詩人生活の安定期です。
同人誌、雑誌などからの注文が
多く来ましたし、
それに応じています。
甲子園野球のほかに
昭和10年当時、どんな野球が見られたのか、
プロ野球や、早慶戦など大学野球とか
都市対抗野球などもあったのか、
中也は、それらを、東京在住の期間に観戦することがあったのか、
わかりませんが、
甲子園野球を、ラジオで聞いていたことだけは確実なのです。
ラジオから聞こえる実況中継の音声だけを通じて、
この詩は作られたのだろうか
第2連
狡(ずる)さうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの
など、
まるで、テレビで見たような
あるいは、映画館のニュースフィルムで見たような
リアルなイメージ
また、全体を通じても
白黒の画面の中の
白ユニホームの動きが
手に取るようにくっきり、
妙に鮮烈なのは
どこからやってくるのでしょうか。
そんなことを考えながら読むだけでも
面白い作品です。
*
夏の夜に覚めてみた夢
眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――
ナインは各々守備位置にあり
狡(ずる)さうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの
扨(さて)、待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者も悉(ことごと)く消え
人ッ子一人ゐはしないグランドは
忽(たちま)ち暑い真昼(ひる)のグランド
グランド繞(めぐ)るポプラ竝木(なみき)は
蒼々として葉をひるがへし
ひときはつづく蝉しぐれ
やれやれと思つてゐるうち……眠(ね)た
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました。
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