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2008年11月29日 (土)

長男文也の死をめぐって<6>/春日狂想5

「春日狂想」の最終章である3は、
オクターブが上がった感じで、
もはや、いっさいの沈鬱さが失せます。
明るく、快活な調子で、簡潔に、

 

喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

 

と、呼びかけるのです。
僕に向ける内省ではなく、
皆さんに向かっての呼びかけとなります。

 

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——

 

どこか、独り芝居の空気がただよう感じに
一種、狂気を嗅ぎ取る人もありますが、
詩人は、ちゃんと、
タイトルを「狂想」としています。
狂気が感じられてもおかしくありませんが、
それは詩人によって
あらかじめ意識されたことです。

 

この詩を歌って10か月も経たない
10月22日に
詩人は亡くなります。

 

(この稿つづく)

 

 *
 春日狂想

 

   1

 

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

 

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

 

けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

 

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

 

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

 

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

 

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

 

   2

 

奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。

 

そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。

 

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み——

 

まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

 

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、

 

飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

 

まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。

 

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

 

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

 

    ((まことに人生、一瞬の夢、
    ゴム風船の、美しさかな。))

 

空に昇つて、光つて、消えて——
やあ、今日は、御機嫌いかが。

 

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。

 

勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

 

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、——

 

戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
——ではまたそのうち、奥さんによろしく、

 

外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

 

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

 

まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

 

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

 

   3

 

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

 

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

 

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——
テムポ正しく、握手をしませう。

 

*麦稈真田 麦わらを、真田紐のように平たく編んだもの。これで麦わら帽を作る。

 

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました。

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