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2008年11月28日 (金)

長男文也の死をめぐって<5>/春日狂想4

「春日狂想」の2の最終6行

 

ああ、馬車も通る電車も通る
人生は、花嫁御寮よ

 

この2行からはじまる6行は、
僕というより、詩人が語る
小説で言えば、地の文に近いものです。
それまで、詩に登場していた僕より、
少し、引いたところで
まことに人生というのは花嫁御寮ですな、
と歌っています。

 

この起伏というか、
詩の流れというか、が
味わいどころです。

 

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

 

というはじまりから、
七七調で通し、時に八七をはさんで、
リズミカルに行進してきた詩が、
2の真ん中あたりで

 

まことに人生、一瞬の夢、
   ゴム風船の、美しさかな。

 

と、詩人の思いを表明し、
2の終わりでも、
同じように、詩人の思いを表明します。
人生の2字が、どちらにも入っています。

 

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

 

まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

 

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

 

花嫁は、まぶしく、美しく、俯きかげん。
でも、話をさせたら、うんざりかもね
でも、心がぼーっとすることは確実
ああ、人生は花嫁御寮さ。

 

まことに、人生、花嫁御寮。
この行だけがリフレインします。

 

「春日狂想」は、
神経衰弱状態を知った母フクの導きで、
昭和12年、1937年1月9日、
千葉市の中村古峡療養所に入院した詩人が、
療養中途に自らの意志で退院を決行(同2月15日)した後、
鎌倉に引っ越し、それから幾日かして
歌った作品ですが、

 

詩人がよく作るお道化風の軽快さの底に
文也の死からくる悲しみ、
詩人自身の病からくる苦痛……が
沈んでいるような作品になっていることが
感じられます。

 

こうして、
最終コーナーを回り
3へ進んでいきます。

 

(この稿つづく)

 

 *
 春日狂想

 

   1

 

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

 

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

 

けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

 

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

 

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

 

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

 

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

 

   2

 

奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。

 

そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。

 

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み——

 

まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

 

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、

 

飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

 

まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。

 

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

 

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

 

    ((まことに人生、一瞬の夢、
    ゴム風船の、美しさかな。))

 

空に昇つて、光つて、消えて——
やあ、今日は、御機嫌いかが。

 

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。

 

勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

 

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、——

 

戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
——ではまたそのうち、奥さんによろしく、

 

外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

 

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

 

まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

 

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

 

   3

 

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

 

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

 

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——
テムポ正しく、握手をしませう。

 

*麦稈真田 麦わらを、真田紐のように平たく編んだもの。これで麦わら帽を作る。

 

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました。

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