タイトル中に「夏」がある詩について<3>
ここで、タイトルに「夏」の字がある
「在りし日の歌」中の他の詩に、
目を通しておきます。
26番目の「夏の夜に覚めてみた夢」と
29番目の「初夏の夜」の2作ですが
さーっと読むだけです。
「夏の夜」とは異なり
さーっと読める作品だということを
知っておきたいからです。
難解な詩句に
頭をひねらなくてもよい作品と
「夏の夜」の違いは
どこからやってくるのでしょうか。
*
夏の夜に覚めてみた夢
眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――
ナインは各々守備位置にあり
狡(ずる)さうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの
扨(さて)、待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者も悉(ことごと)く消え
人ッ子一人ゐはしないグランドは
忽(たちま)ち暑い真昼(ひる)のグランド
グランド繞(めぐ)るポプラ竝木(なみき)は
蒼々として葉をひるがへし
ひときはつづく蝉しぐれ
やれやれと思つてゐるうち……眠(ね)た
*
初夏の夜
また今年(こんねん)も夏が来て、
夜は、蒸気で出来た白熊が、
沼をわたつてやつてくる。
――色々のことがあつたんです。
色々のことをして来たものです。
嬉しいことも、あつたのですが、
回想されては、すべてがかなしい
鉄製の、軋音(あつおん)さながら
なべては夕暮迫るけはひに
幼年も、老年も、青年も壮年も、
共々に余りに可憐な声をばあげて、
薄暮の中で舞ふ蛾の下で
はかなくも可憐な顎(あご)をしてゐるのです。
されば今夜(こんや)六月の良夜(あたらよ)なりとはいへ、
遠いい物音が、心地よく風に送られて来るとはいへ、
なにがなし悲しい思ひであるのは、
消えたばかしの鉄橋の響音、
大河(おおかは)の、その鉄橋の上方に、空はぼんやりと石盤色であるのです。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
*原文のルビは、( )内に表記しました。
(この稿つづく)
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山羊の歌―中原中也詩集 (角川文庫―角川文庫クラシックス) 著者:中原 中也 |
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