長男文也の死をめぐって<4>/春日狂想3
麦稈真田は、麦の茎をぺったんこ平らにしたもので、
麦わら帽子やかごなどを作ります。
一本一本を編む、根気のいる作業ですが、
できあがりも、碁盤の目のような四角形の整列模様になり、
なんともつましい、敬虔(けいけん)な営みの
課程であり、結果です。
特別に何かに奉仕する活動ができるわけでもない僕は
これまでよりも、少しだけ、努力することからはじめます。
ほかに、どんなことをしたのでしょうか。
以前より、本を熟読し
以前より、人に丁寧にし、
テンポよく散歩し、
麦稈真田で帽子を編み、
おもちゃの兵隊のように、
毎日が日曜日のように、
神社の日向をゆったり歩き、
知人に会えばにっこり、
飴売りのじいさんと仲良くなり、
鳩に豆を撒いてやり、
まぶしくなれば日陰に入り、
地面や草木を眺めてみたり、
苔のひんやりしたたたずまいに感じ入り、
佳い日だな、今日はと思い、
いはうやうなき、今日の麗日。は、
言おうにも言えない、なんとも麗しい今日。
の意味でしょうか。
参詣の人々がぞろぞろいても、
腹が立たない。
腹が立たない僕になったのです。
まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。
ここで、転調というか、場面転換。
そして、僕は、ゴム風船になります。
あるいは、ゴム風船は文也の面影かもしれません。
詩人もしくは文也が、
ゴム風船に乗っかって、
空に消えていくかのようですが、
実際、そんなことはなく、消えていくのはゴム風船なのです。
でも、僕が、ゴム風船になって空に消えてゆき、
消えたところで、ぱーっと出てくる感じです。
上手!
やあ、今日は、御機嫌いかが。
と、再び、地上に現れます。
すると、途端に、奉仕の人とは別人の僕が、
友だちと久しぶりにばったり会って、
どこかでお茶しましょ、となって、
喫茶店に入って、積もり積もった話をしようとしたけど、
意外に、話すことなどなく、
タバコをクサクサ吹かしながら、
なんとも言いがたい覚悟をするように、
お茶をやめて、外へ出ると、
なんとも賑やかな街が息づいていて、
じゃあね、またそのうち、奥さんにもよろしく、
あっちへ行ったら、便りをください、
お酒はほどほどにしたほうがいいよ、
なんて言って、別れます。
ここで、また、転調というか、場面転換というか、
詩人が、顔を出します。
突然のようで、ピタッとはまった2行。
ああ、馬車も通る電車も通る
人生は、花嫁御寮よ
ああ、と言い、よ、と言うのは、
僕である詩人です。
(この稿つづく)
*
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。
2
奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。
テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み——
まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、
飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
((まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。))
空に昇つて、光つて、消えて——
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。
勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、——
戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
——ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——
テムポ正しく、握手をしませう。
*麦稈真田 麦わらを、真田紐のように平たく編んだもの。これで麦わら帽を作る。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました。
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