長男文也の死をめぐって<2>/春日狂想
「在りし日の歌」の後部3分の1ほどは
「永訣の秋」としてくくられて、
16篇の詩が選ばれています。
詩集全体に、「死」をテーマにしたものが多いのですが、
「永訣の秋」の「死」の密度は、
よりいっそう濃い、と言えそうなほどに、
どの作品にも、「死」がからまっています。
その中に、
文也追悼の詩はあります。
考証・研究が終了したわけでもなく、
議論の余地は残されているものの、
「月夜の浜辺」
「また来ん春……」
「月の光 その一」
「月の光 その二」
「冬の長門峡」
「春日狂想」
「蛙声」
の7篇は、直接・間接に、文也の死を悼んだ詩と言えるものです。
その一つ、「春日狂想」は
「文学界」昭和12年(1937年)5月号に掲載され、
制作は、同年3月と推定されている作品です。
冒頭の、強烈な詩句に
誰しも、息をのむような、衝撃を受けることでしょう。
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。
この、自殺しなけあ、は
現代表記すれば、
自殺しなきゃあ、となりますが、
自殺せねばならないMust kill myselfの意味を含みながら、
死ななきゃあね、といったお道化調も感じられます。
中也の時代の国語表記が
なおさら、強烈さを倍加している感じになっています。
文也の死(昭和11年11月10日)から4か月が経ち、
多少なりとも、詩人の悲しみは緩和されたなどとは、
到底、誰も言えませんし、
むしろ、いやましに深まっていた悲しみかもしれません。
ということの言える以上は
3章に分けられた詩の1です。
死ななきゃならないけれど
業(ごう)が深いからか、死ねなくて、
生きながらえることにでもなったなら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、ならなけあならない。
と、終わります。
(この稿つづく)
*
春日狂想
1
愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、
奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。
2
奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。
そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。
テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み——
まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。
神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、
飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。
参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。
((まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。))
空に昇つて、光つて、消えて——
やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。
勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、——
戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
——ではまたそのうち、奥さんによろしく、
外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?
それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。
3
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——
テムポ正しく、握手をしませう。
*麦稈真田 麦わらを、真田紐のように平たく編んだもの。これで麦わら帽を作る。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました。
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