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2008年11月27日 (木)

長男文也の死をめぐって<3>/春日狂想2

「春日狂想」の1の第3連

 

けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

 

これを、訳せば、
死ななきゃならないけれど
業(ごう)が深いからか、死ねなくて、
生きながらえることにでもなったなら、
となりますが、
この「?」は、
ちょっと気にしておいたほうがよいところです。

 

詩人は、
業が深いから死ねなかったというケースだけではなく、
ほかにも、死ねなかった親があり、
むしろ、我が子が死んだからといって、
そう簡単に、親は死ななきゃならないわけがありませんし、
業というような方面の問題でもないことくらい知っています。

 

これは、自己にだけ向けた詩人の悲しみの表現です。
だから、「?」をつけたのです。

 

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

 

と、終わるための、
前振りの中の
ちょっとしたこだわりとでも言っておきましょうか。

 

2は、白眉といって過言ではない
詩の高まりというようなもの、
この「在りし日の歌」という詩集の、
山にかかっての絶唱とでも言いたくなる

 

いや、なんと言えばよいのか

 

奉仕の気持ちをもっていても
特別に何かをできるわけではない僕は、
これまで通り、普通に暮らし、
麦稈真田を編むような、
規則正しく、テンポ正しい散歩をして……

 

神社を歩き
飴売りのじいさんと話し
鳩に豆をあげ……
何にも腹の立たない
夢のように穏やかな日を送ります、

 

と、以上のような暮らしを、

 

まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。

 

と歌いあげます。
ここには、揶揄(やゆ)だとか、
イロニーだとかはありません
人が生きることは
一瞬

ゴム風船のように
美しいばかりです

 

そう、僕は、ゴム風船になります
空に昇つて、光つて、消えて——
そして、語りかけます
やあ、今日は、御機嫌いかが。

 

そして、この詩の「肝」である

 

まことに、人生、花嫁御寮。

 

の1行にたどり着きます。

 

(この稿つづく)

 

 *
 春日狂想

 

   1

 

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

 

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

 

けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

 

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

 

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

 

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

 

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

 

   2

 

奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。

 

そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。

 

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み——

 

まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

 

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、

 

飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

 

まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。

 

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

 

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

 

    ((まことに人生、一瞬の夢、
    ゴム風船の、美しさかな。))

 

空に昇つて、光つて、消えて——
やあ、今日は、御機嫌いかが。

 

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。

 

勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

 

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、——

 

戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
——ではまたそのうち、奥さんによろしく、

 

外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

 

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

 

まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

 

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

 

   3

 

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

 

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

 

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——
テムポ正しく、握手をしませう。

 

*麦稈真田 麦わらを、真田紐のように平たく編んだもの。これで麦わら帽を作る。

 

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
* 原文のルビは、( )内に表記しました。

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