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2008年12月 8日 (月)

長男文也の死をめぐって<11>文也の一生5

サーカスをみる。
飛行機にのる。
坊や喜びぬ。
帰途不忍池を貫く路を通る。
上野の夜店をみる。

 

みる。のる。喜びぬ。通る。みる。
と、トントントンと、リズムを刻んで、
7月、親子3人で行った万国博覧会の思い出を綴っていた詩人は、
溢れてくる悲しみに耐えかねたのか、
それとも……
ほとばしる詩情に誘われたのか、
それとも……
記録に飽き足りなかったのか、

 

ここで、日記を中止します。
そして、約2週間後に、
一つの歌をつくりはじめます

 

夏の夜の、博覧会は、哀しからずや

 

と、詠みはじめたのです。
歌いはじめれば、とまりませんが……。

 

日記と詩の間に、
表面上の断絶はなく、
まっすぐに、繋がっていますが、
約2週間という長い時間を要したのであり、
深い断絶があったのです。

 

日記「文也の一生」は、
1936年12月12日に、
詩作品「夏の夜の博覧会はかなしからずや」は、
同12月24日に書かれました。

 

この2週間に
詩人が被(こうむ)った深い悲しみを
思わずにはいられません。

 

「夏の夜の博覧会はかなしからずや」を書き終えた後、
呼吸を整えた感じで、
今度は、「冬の長門峡」を歌いました。
同じ12月24日でした。

 

2作品を併せて載せておきます。

 

 *
 夏の夜の博覧会はかなしからずや
     1
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
雨ちよつと降りて、やがてもあがりぬ
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや

 

女房買物をなす間、かなしからずや
象の前に僕と坊やとはゐぬ、
二人蹲んで(しやがんで)ゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ

 

三人博覧会を出でぬ、かなしからずや
不忍ノ池(しのばずのいけ)の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ

 

そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりき、かなしからずや、
髪毛風に吹かれつ
見てありぬ、見てありぬ、かなしからずや
それより手を引きて歩きて
広小路に出でぬ、かなしからずや

 

広小路にて玩具を買ひぬ、兎の玩具かなしからずや

 

     2
その日博覧会入りしばかりの刻(とき)は
なほ明るく、昼の明(あかり)ありぬ、

 

われも三人(みたり)飛行機にのりぬ
例の廻旋する飛行機にのりぬ

 

飛行機の夕空は、紺青(こんじやう)の色なりき
燈光は、貝釦(かひボタン)の色なりき

 

その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦を
その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、紺青の空!
      (一九三六・一二・二四)

 

 *
 冬の長門峡

 

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。

 

われは料亭にありぬ。
酒酌(く)みてありぬ。

 

われのほか別に、
客とてもなかりけり。

 

水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

 

やがても密柑(みかん)の如き夕陽、
欄干(らんかん)にこぼれたり。

 

ああ! ——そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。

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