春の日の夕暮/山羊の歌・再読
★
春の日の夕暮
トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです
吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか——あるまい
馬嘶(いなな)くか——嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするまゝに
従順なのは 春の日の夕暮か
ポトホトと野の中に伽藍(がらん)は紅く
荷馬車の車輪 油を失ひ
私が歴史的現在に物を云へば
嘲る嘲る 空と山とが
瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
自(みづか)らの 静脈管の中へです
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)
★
日没のいめーじ。
トタン屋根の密集する町。
電柱電線など、雑多な風景がシルエットになっている。
その風景のバックに巨大なまん丸の太陽。
まさに、トタンがセンベイを食べている光景です。
春の夕暮れは、穏やかです。
アンダースローされた灰とは、
太陽の向こうか周辺か、
靄とか煙みたいなもの(灰)が
青黒く(青白く)、
ただよっている。
静かな感じです。
そんなに穏やかで静かな春の夕暮れならばさあ
案山子はいるかい?
いやしまい。いないだろ。
そんじゃ、馬は嘶いているかい?
嘶いていやしないだろーよ。
ただ、東の空の月の光だけが、
ヌメッとして従順な
春の夕暮れなのです
ホトホトって感じで
伽藍のような、広い野原は
夕日で真っ赤に染まっているよ。
そこを、荷馬車がギシギシと、
油ぎれした車輪の音を立てて
通っていくよ
ぼくが、
歴史的現在、というのは、政治や世の中のことなのだが、
それについて発言すれば、
バカにされるは、バカにされるは!
てんで、相手になってくれない。
おーっと、瓦が1枚、
向こうの屋根からはがれました
これからです。
これから、静かに静かに、
春の夕暮れが進みます。
頂点をむかえます。
全部、ぼくの、
静脈の中へ入っていきます。
« 詩人の孤独/或る男の肖像 | トップページ | サーカス/山羊の歌・再読 »
「011中原中也/「山羊の歌」の世界」カテゴリの記事
- きらきら「初期詩篇」の世界/「宿酔」その4(2014.01.21)
- きらきら「初期詩篇」の世界/「宿酔」その3(2014.01.20)
- きらきら「初期詩篇」の世界/「宿酔」その2(2014.01.19)
- きらきら「初期詩篇」の世界/「宿酔」(2014.01.19)
- きらきら「初期詩篇」の世界/「ためいき」その5(2014.01.19)
コメント