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2008年12月 9日 (火)

長男文也の死をめぐって/月夜の浜辺

それ、と知らないで読んでいれば、
それなりに、いい詩だなあ、などと、
読んでいられるのですが……。

 

月夜の浜辺に落ちていたボタン、
となると、これは、
灰皿に落ちていた輪ゴム、
ほどの必然ではなく、
全くの偶然ですから、
そんな偶然は
文也以外の何者によってももたらされることはない、
と、詩人は思いたかったのでしょうから、
それは大事にしなければならない偶然です。

 

それを歌っているのですから、
やはり、これは、
文也の死を悼んだ詩であると思えます。

 

季節は暖かい頃のことでしょうか

 

 *
 月夜の浜辺

 

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

 

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

 

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

 

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛(はふ)れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

 

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。

 

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

 

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』より)

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