サーカス/山羊の歌・再読
★
サーカス
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒(さか)さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
安値(やす)いリボンと息を吐き
観客様はみな鰯
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
夜は劫々(こふこふ)と更けまする
落下傘奴(らくかがさめ)のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』より)
★
幾時代かがありまして、
茶色い戦争がありました
僕ときたら
よくまあ、戦ってきたものです。
冬には、疾風(はやて)も吹いたというのに。
幾時代かがありまして、
こうして今宵、盛り上がり
賑わしく、一人酒といきましょう。
しばらく、やっていましたら、
現れたるは、サーカス小屋。
高い梁にブランコがかかって、
見えないけれど
見えるのです
二人の男女の空中ブランコ。
逆さづりの状態で、
手を地面に向けて広げています。
汚れたシートの屋根の下で
ゆやーんと右に揺れ
ゆよーんと左に揺れて、
真ん中にきて
ゆやゆよんと
からまります
暗闇に、白い光線が、
何本か、よぎっている。
それは、安っぽいリボンのようです。
観客は、みんな同じに、
鰯のような顔を並べて、
見上げています。
喉を大きく開けて、
ゴロゴロ鳴らしている。
牡蠣の殻が犇(ひし)めいているみたい。
屋外といえば
真っ黒、まっくら、
こうこうと、更けていきます
落下傘っちゅう戦争ノスタルジーとともに。
ゆあーんゆよーんゆやゆよん
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