長男文也の死をめぐって<8>文也の一生2
以下、「文也の一生」の、後半です。
1行1行読み進んでいくと、
これを書いている詩人の呼吸が、
聞こえてきます。
あんなこともあった
こんなこともした……
文也との短い時間を、
一つひとつ思い出しては、
書き付けようとしている詩人……、
万国博覧会の日までたどりつき、
突然、筆は折られます。
*
「文也の一生」(後半)
9月ギフの女を傭ふ。12月23日夕暇をとる。
坊や上京四五日にして匍ひはじむ。「ウマウマ」は山口にゐる頃既に云ふ。9月10日頃障子をもつて起つ。9月20日頃立つて一二歩歩く。間もなく歩きだし、間もなく階段を登る。降りることもぢきに覚える。
拾郎早大入試のため3月10日頃上京。間もなく宇太郎君上京、同じく早大入試のため。
坊や此の頃誰を呼ぶにも「アウチヤン」なり。
拾郎合格。宇太郎君山高合格。
8月の10日頃階段中程より顚落。そのずつと前エンガハより庭土の上に顚落。
7月10日拾郎帰省の夜は坊やと孝子と拾郎と小生4人にて谷町交番より円タクにて新宿にゆく。ウチハや風鈴を買ふ。新宿一丁目にて拾郎に別れ、同所にて坊やと孝子江戸川バスに乗り帰る。小生一人青山を訪ねたりしも不在。すぐに帰る。坊やねたばかりの所なりし。
春暖き日坊やと二人で小澤を番衆会館アパートに訪ね、金魚を買ってやる。
同じ頃動物園にゆき、入園した時森にとんできた烏を坊や「ニヤーニヤー」と呼ぶ。大きい象はなんとも分からぬらしく子供の象をみて「ニヤーニヤー」といふ。豹をみても鶴をみても「ニヤーニヤー」なり。
やはりその頃昭和館にて猛獣狩をみす。一心にみる。
6月頃四谷キネマに夕より敦夫君と坊やをつれてゆく。ねむさうなればおせんべいをたべさせながらみる。
7月敦夫君他へ下宿す。
8月頃靴を買ひに坊やと二人で新宿を歩く。春頃親子3人にて夜店をみしこともありき。
8月初め神楽坂に3人にてゆく。
7月末日万国博覧会にゆきサーカスをみる。飛行機にのる。坊や喜びぬ。帰途不忍池を貫く路を通る。上野の夜店をみる。
* 「中也を読む 詩と鑑賞」(中村稔、青土社)からの孫引きです。
* 漢数字を洋数字にし、改行を入れるなど、手を入れてあります。
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