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2009年1月 8日 (木)

春の歌を拾う<4-1>思ひ出(後)

「思ひ出」前半の末尾で
煉瓦工場が
ポカポカ陽気の日差しを受けていながら
ちっともあったかそうではないことに、
私=詩人は気づきました。

アスタリスク4個で区切られて
後半に入った詩は
マイナーへと転調し、
煉瓦工場のその後を歌いはじめ
いきなり、
廃れ、死んでしまった工場の様子の
描写に入ります。

窓もガラスも壊れ
木立の前に、ぼんやり……

この、ぼんやり、は意味深長です
前半部では、
私がぼんやりタバコを吹かしているのに
ここでは、煉瓦工場がぼんやり、です

沖からは波の音が聞こえてくるし
庭に陽は照りつけているけど
煉瓦工場に働く人は来ないし
僕も行かない、
(私ではない)僕も行かない

じゃあ、僕は、ここにいないということになり、
前半部の私と、この僕とは、
別人なのか……?
いろいろと想像してしまいます

思い出として
煉瓦工場を歌っているのだから
工場が廃れて以後には僕は行かなかった、
という過去を意味しているのでしょう

このあたりから、
詩は、俄然、この詩固有の深みを見せ、
詩の頂点へと辿りついたまま、
結末を迎えます

かつては、
モクモクと煙を吐き出していた煙突は
いまや、不気味に立っている
ただ立っている、だけです。
雨の日も
晴れた日も
ただ立っている
不気味です。

不気味なオブジェと化した
煉瓦工場を、
その煙突を、
表意文字である漢字を拒否して
ぶきみ、とひらがなで表現した
詩人の意図が見えます

そこで、
この謎めいた詩句が
置かれるのです

相当ぶきみな、煙突でさへ
今ぢやどうさへ、手出しも出来ず
この尨大(ぼうだい)な、古強者(ふるつはもの)が
時々恨む、その眼は怖い

煙突さへ手出しのできない
古強者とは
なんのことでしょうか
時々恨む、
その眼が怖い、という
古強者とは……

ズバリと言ってしまえば
それは、死。

その眼が怖くて
今日も僕は
浜へ来て、石に腰かけ
ぼんやりしていると
胸の内から、波打ってくるのを
どうすることもできない。

 *
 思ひ出

お天気の日の、海の沖は
なんと、あんなに綺麗なんだ!
お天気の日の、海の沖は
まるで、金や、銀ではないか

金や銀の沖の波に、
ひかれひかれて、岬(みさき)の端に
やつて来たれど金や銀は
なほもとほのき、沖で光つた。

岬の端には煉瓦工場が、
工場の庭には煉瓦干されて、
煉瓦干されて赫々(あかあか)してゐた
しかも工場は、音とてなかつた

煉瓦工場に、腰をば据ゑて、
私は暫く煙草を吹かした。
煙草吹かしてぼんやりしてると、
沖の方では波が鳴つてた。

沖の方では波が鳴らうと、
私はかまはずぼんやりしてゐた。
ぼんやりしてると頭も胸も
ポカポカポカポカ暖かだつた

ポカポカポカポカ暖かだつたよ
岬の工場は春の陽をうけ、
煉瓦工場は音とてもなく
裏の木立で鳥が啼(な)いてた

鳥が啼いても煉瓦工場は、
ビクともしないでジッとしてゐた
鳥が啼いても煉瓦工場の、
窓の硝子は陽をうけてゐた

窓の硝子は陽をうけてても
ちつとも暖かさうではなかつた
春のはじめのお天気の日の
岬の端の煉瓦工場よ!

 *  *
   *  *

煉瓦工場は、その後廃(すた)れて、
煉瓦工場は、死んでしまつた
煉瓦工場の、窓も硝子(ガラス)も、
今は毀(こは)れてゐようといふもの

煉瓦工場は、廃れて枯れて、
木立の前に、今もぼんやり
木立に鳥は、今も啼くけど
煉瓦工場は、朽ちてゆくだけ

沖の波は、今も鳴るけど
庭の土には、陽が照るけれど
煉瓦工場に、人夫は来ない
煉瓦工場に、僕も行かない

嘗(かつ)て煙を、吐いてた煙突も、
今はぶきみに、たゞ立つてゐる
雨の降る日は、殊にもぶきみ
晴れた日だとて、相当ぶきみ

相当ぶきみな、煙突でさへ
今ぢやどうさへ、手出しも出来ず
この尨大(ぼうだい)な、古強者(ふるつはもの)が
時々恨む、その眼は怖い

その眼は怖くて、今日も僕は
浜へ出て来て、石に腰掛け
ぼんやり俯(うつむ)き、案じてゐれば
僕の胸さへ、波を打つのだ

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)

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