春の歌を拾う<4-1>思ひ出(元)
「思ひ出」には、
元になった詩が二つあり、
それは、
「草稿詩篇(1933年ー1936年)」の中の
(海は、お天気の日には)と
(お天気の日の海の沖では)です。
どちらも、「未発表詩篇」の内の
決定稿に至らない作品で、
タイトルもつけられていません。
タイトルのない中也作品は
研究の便宜上( )をつけて
冒頭行で指示する習わしがあります。
小林秀雄が
「文学界」の編集責任者になって以降
中也は、常連の寄稿作家であり、
作りためた草稿から2作を選び
これに手を加えて、
新たに、「思ひ出」という作品にした、
という詩人・中村稔の考証があり、
それが、昭和11年(1936年)8月号に発表された
という事情が
「中原中也必携」(吉田煕生編、学燈社)に
紹介されています。
詩作品の成立事情とは
このようなものである、という
一つの例で、
とても興味深い話です。
原作品が、
新たな別の作品に生まれ変わる、
という例としても
大変、面白い話ですし、
マジックを見るような楽しさもあります。
手品の種明かしを見るようでもあります。
その2作品を
載せておきます。
*
(海は、お天気の日には)
海は、お天気の日には、
綺麗だ。
海は、お天気の日には、
金や銀だ。
それなのに、雨の降る日は、
海は、怖い。
海は、雨の降る日は、
呑まれるやうに、怖い。
ああ私の心にも雨の日と、お天気の日と、
その両方があるのです。
その交代のはげしさに、
心は休まる暇もなく
*
(お天気の日の海の沖では)
お天気の日の海の沖では
子供が大勢遊んでゐます
お天気の日の海をみてると
女が恋しくなつて来ます
女が恋しくなるともう浜辺に立つてはゐられません
女が恋しくなると人は日蔭に帰つて来ます
日蔭に帰つて来ると案外又つまらないものです
それで人はまた浜辺に出て行きます
それなのに人は大部分日蔭に暮します
何かしようと毎日毎日
人は希望や企画に燃えます
さうして働いた幾年かの後に、
人は死んでゆくんですけれど、
死ぬ時思ひ出すことは、多分はお天気の日の海のことです。
(一九三四・一一・二九)
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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