冬の詩を読む<1-2>幼獣の歌
「幼獣の歌」は
「在りし日の歌」14番目にある作品で、
「四季」の昭和11年(1936年)8月号に発表されました。
詩集の前の方に配されていても
制作は、昭和11年6月ごろと推測される
29歳、晩年の作です。
ここでは
詩を創造することそのことが
詩の内容になっています。
詩人を、狼かなにかの、獣(けもの)に
しかも、幼いけものに、喩(たと)えます。
黒い夜の、草深い野原で、
一匹の幼獣が、
火消し壷、というのは、
夜になると、
その日使っていて、
まだ使える部分の残る炭火などを
その壷に入れて、消しておき、
翌日になると、
また、取り出して使うための壷のことで、
その壷の中で、
火打石をすって、火をつけるというのは
ふつうの人がしないことをするという意味とか
世の中に逆らって、とかの意味を示すのでしょうか
そうやって
幼獣が、星、つまり詩を作った。
野では、冬の風が、渦巻いていた。
これが、中也の詩作のイメージです。
獣は、もはや、外界とか世俗とか
なにものも見なかった。
カスタネットの音とか
月の光以外のものを、見なかった。
目を覚ますことのない星、とは、
世間へ目を向けることのない作品、とか
世俗に媚(こび)を売らない詩、とか
壷の中には
神を汚しかねないものさえ
迎え入れて
幼き獣は、詩を作った。
雨の降った後のように
思い出は一塊になって押し寄せ
風に巻かれ、波打った
ああ、思い出とは
なんともなまめかしい物語であることか!
奴隷も王女のように美しくあってほしいもの!
卵殻(らんかく)に似て
のっぺらぼうで無表情な
どこぞとやらの御曹司の微笑と
鈍い子どもの感覚こそ
その幼獣が怖がるものだ
このあたりは
無限に理解が広がるところです
神を冒涜することさへ
してしまうかもしれないほどの
詩人が怖がるものへのことあげです。
そして、第1連に
バリエーションを加えてのルフラン
黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻(くすぶ)る。
完全燃焼し得ず
くすぶっている獣……。
黒い夜草深い野の中で――
太古(むかし)は、独語も美しかつた!……
むかしは、
モノローグですら
美しかったのだ。
この、むかしとは
太古を示しながら
名辞以前の時、という意味も
含ませているでしょう、きっと。
*
幼獣の歌
黒い夜草深い野にあつて、
一匹の獣(けもの)が火消壺の中で
燧石(ひうちいし)を打つて、星を作つた。
冬を混ぜる 風が鳴つて。
獣はもはや、なんにも見なかつた。
カスタニェットと月光のほか
目覚ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒涜(ぼうとく)を迎へて。
雨後らしく思ひ出は一塊(いつくわい)となつて
風と肩を組み、波を打つた。
あゝ なまめかしい物語――
奴隷も王女と美しかれよ。
卵殻もどきの貴公子の微笑と
遅鈍な子供の白血球とは、
それな獣を怖がらす。
黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻(くすぶ)る。
黒い夜草深い野の中で――
太古(むかし)は、独語も美しかつた!……
*カスタニェット カスタネットのこと。
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
« 冬の詩を読む<1-1>幼獣の歌 | トップページ | 冬の詩を読む<3> 冷たい夜 »
「0001はじめての中原中也」カテゴリの記事
- <再読>時こそ今は……/彼女の時の時(2011.06.13)
- <再読>生ひ立ちの歌/雪で綴るマイ・ヒストリー(2011.06.12)
- <再読>雪の宵/ひとり酒(2011.06.11)
- <再読>修羅街輓歌/あばよ!外面(そとづら)だけの君たち(2011.06.10)
- <再読> 秋/黄色い蝶の行方(2011.06.09)
コメント