春の歌を拾う<3-1>
「春と赤ン坊」と「雲雀」は、
昭和10年(1935年)の
「文学界」4月号に、
同時に発表された作品です。
長谷川泰子をめぐる
「奇妙な三角関係」は
このころようやく、
少なくとも表面的には
過去形となっており、
また、
その当事者である小林秀雄が、
「文学界」の編集責任者のポジションを得ていたことで
中原中也は、
「文学界」に作品を発表することが容易でした。
小林秀雄のはからいがあったのですが、
中也は、それを大いに利用しました。
この2作品は、
「文学界」に初めて載ったものです。
*
春と赤ン坊
菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?
いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど
走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……
薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲(しろくも)
――赤ン坊を畑に置いて
*
雲 雀
ひねもす空で鳴りますは
あゝ 電線だ、電線だ
ひねもす空で啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴(ひばりめ)だ
碧(あーを)い 碧(あーを)い空の中
ぐるぐるぐると 潜(もぐ)りこみ
ピーチクチクと啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ
歩いてゆくのは菜の花畑
地平の方へ、地平の方へ
歩いてゆくのはあの山この山
あーをい あーをい空の下
眠つてゐるのは、菜の花畑に
菜の花畑に、眠つてゐるのは
菜の花畑で風に吹かれて
眠つてゐるのは赤ン坊だ?
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
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