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2009年1月22日 (木)

月の歌<1>湖上

もし、僕に、恋人がいればの話……。

まん丸の月がぽっかり出ている日には
湖にボートを漕ぎにでかけましょう
小さな波がヒタヒタとボートに打ち寄せ
風も少しはあるでしょう

沖に漕ぎ出せばそこは暗いでしょう
オールをしたたる水の音が
親しいものに聞こえるでしょう
きみが喋る言葉の途切れる合間に。

月は聞き耳立てて
僕たちの話を聞こうとするでしょう
そのために少しは下に降りて
近づいても来るでしょう
口づけするときには
真上にあるでしょう

きみは、構わずに話し続けるでしょう
たわいないことやすねごとを……
ぼくは一言も洩らさずにじっと聞いているでしょう
でも、オールを漕ぐ手はとめないで

まん丸の月がぽっかり出ている日には
湖にボートを漕ぎにでかけましょう
小さな波がヒタヒタとボートに打ち寄せ
風も少しはあるでしょう

恋人のいない青春に
中也が捧げる
幸せな時間

静かな湖での
二人だけの
やさしい時……。

「桐の花」昭和5年(1930年)8月号に掲載されました。
制作は、同5年6月。

 *
 湖上

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
——あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇(くちづけ)する時に
月は頭上にあるでせう。

あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
洩らさず私は聴くでせう、
——けれど漕ぐ手はやめないで。

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)

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