冬の詩を読む<5-2>冬の夜
薬缶の湯が煮えたぎる音ばかりがする
冬の夜更け。
静かであることが
薬缶の音によって際立ちます。
サウンド・オブ・サイレンス……。
沈黙の音……。
空想は深まってゆき、
むなしさの極みには、
空気のような状態になるのでした。
すると、
なんだか、愉快といえるような
影とタバコとぼくと犬の競演です。
ここで、後半の2に入ります。
空気は、いいものです。
寒い冬の夜の室内の空気ほど
よいものは他にありませんよ。
タバコの煙も、いいですね
愉快です
みなさんは、やがて、
それがわかります
同感するときが来ます。
空気ほどよいものはない
寒い夜の、
痩せた年増女の手のような、
その弾力のない手の
やわらかいような、かたいような
かたく、弾力のない
タバコの煙のような、
その年増女の情熱のような
燃えるような
もう情熱が消えたような
冬の室内の
空気ほどよいものはありません。
みなさん……。
ね。
「冬の夜」は、
「日本詩」昭和10年(1935年)4月号に発表された
昭和8年1月制作作品です。
「在りし日の歌」24番目の配置。
前半に、空想の中に出てくる女は
後半になって、年増女に変わります。
空想に出てくる女は、
僕を苦労させる女ですし、
年増女は
弾力のあるような、ないような
かたいような、やわらかいような
煙のような
情熱の、燃えるような
情熱の、消えたような
いるような、いないような
冬の夜の室内の
空気のようで
それよりよいものはないのです。
詩人は、
何かを失った果てに
何かを獲得したというようなことを
歌っているのかもしれません。
ねえ、みなさん。
*
冬の夜
みなさん今夜は静かです
薬鑵(やくわん)の音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです
それで苦労もないのです
えもいはれない弾力の
空気のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです
えもいはれない弾力の
澄み亙(わた)つたる夜の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです
かくて夜は更(ふ)け夜は深まつて
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです
2
空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです
空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のやうな
その手の弾力のやうな やはらかい またかたい
かたいやうな その手の弾力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
炎(も)えるやうな 消えるやうな
冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです
(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)
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