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2009年1月16日 (金)

冬の詩を読む<4>冬の明け方

「冬の明け方」は、
「在りし日の歌」19番目にあり、
「歴程」昭和11年(1936年)4月号に発表された
昭和10年11月制作の作品です。

「雪の歌」にもピックアップしましたが
こちらは、
雪といっても「残んの雪」、
つまり、残雪ですが、
雄大な山脈に残る雪や
降りしきる雪ではなく、
瓦屋根に、
少しだけ、固まった残りの雪。
わびしい雪です。

あそこの瓦屋根の残り雪は
少ししかなくて、固そうで
庭の枯れ木の小枝は、
鹿のように眠い。
冬の朝6時、
私の頭もまだ目覚めておらず
眠い。

カラスが鳴いて通ってゆく
庭の地面もまだ、鹿のように眠たそう。

——林が逃げた農家が逃げた、

これは、中也がよく使うレトリックの一つ
林が逃げた、というのは、
林がどこかに行ってしまった、というのではなく
林もまだ目覚めておらず
そこにあるのだけれど、
ないのも同然という、不在感を表現したもの。

農家も、
同様に解すことができるでしょう。
林も農家も
まだ、冬の朝に、起きていないのです。

だから、
空は悲しい衰弱。

私も、
心は悲しい……

でも、やがて、日がのぼり
薄日がさし、
青空が開かれる。
空の上の方では
万能の神ジュピターが
大砲を撃ち鳴らし、
太陽が輝く時になる。
周囲の山山は、沈んでゆき、

農家の庭先で、
生き物がようやく朝を迎え、
道も眠りから覚めるのだけど、
私の心は
悲しいままだ。

 *
 冬の明け方

残んの雪が瓦に少なく固く
枯木の小枝が鹿のやうに睡(ねむ)い、
冬の朝の六時
私の頭も睡い。

烏が啼いて通る——
庭の地面も鹿のやうに睡い。
——林が逃げた農家が逃げた、
空は悲しい衰弱。
     私の心は悲しい……

やがて薄日が射し
青空が開(あ)く。
上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。
——四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する。
     私の心は悲しい……

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)

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