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« 降りかかる希望/春・再読 | トップページ | 春の歌を拾う<2>閑寂 »

2009年1月 5日 (月)

春の歌を拾う<1>ラインナップ

「秋の歌」と「夏の歌」とを
まとめて、読んで、
深い意味があったわけではありませんが、
それなりに発見もありましたから
ここで、「春の歌」を
「在りし日の歌」から拾っておきましょう。

といっても、
厳密な意味での
「春の歌」でないことは
「秋」「夏」の場合と同じです。

タイトルに「春」がある詩、
詩句に春の字がある詩
詩句に春を指示する喩(ゆ)がある詩
以上のいずれでもないが春を指示している詩
……

中也詩が、
季節そのものを歌うということは、
そもそも、なかった、ということを
あらためて、知ることになる
そんな作品ばかりです。

とりあえず
「在りし日の歌」を順にたどってみると
以下の作品が見つかります。

 *
 早春の風

  けふ一日(ひとひ)また金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  女王の冠さながらに
 卓(たく)の前には腰を掛け
かびろき窓にむかひます

  外吹く風は金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  枯草の音のかなしくて
 煙は空に身をすさび
日影たのしく身を嫋(なよ)ぶ

  鳶色(とびいろ)の土かをるれば
 物干竿は空に往き
登る坂道なごめども

  青き女(をみな)の顎(あぎと)かと
 岡に梢のとげとげし
今日一日また金の風……

 *
 春

春は土と草とに新しい汗をかゝせる。
その汗を乾かさうと、雲雀は空に隲(あが)る。
瓦屋根今朝不平がない、
長い校舎から合唱は空にあがる。

あゝ、しづかだしづかだ。
めぐり来た、これが今年の私の春だ。
むかし私の胸摶(う)つた希望は今日を、
厳(いか)めしい紺青(こあを)となつて空から私に降りかゝる。

そして私は呆気(ほうけ)てしまふ、バカになつてしまふ
——薮かげの、小川か銀か小波(さざなみ)か?
薮かげの小川か銀か小波か?

大きい猫が頸ふりむけてぶきつちよに
一つの鈴をころばしてゐる、
一つの鈴を、ころばして見てゐる。

 *
 春の日の歌

流(ながれ)よ、淡(あは)き 嬌羞(けうしう)よ、
ながれて ゆくか 空の国?
心も とほく 散らかりて、
ヱヂプト煙草 たちまよふ。

流よ、冷たき 憂ひ秘め、
ながれて ゆくか 麓までも?
まだみぬ 顔の 不可思議の
咽喉(のんど)の みえる あたりまで……

午睡の 夢の ふくよかに、
野原の 空の 空のうへ?
うわあ うわあと 涕(な)くなるか

黄色い 納屋や、白の倉、
水車の みえる 彼方(かなた)まで、
ながれ ながれて ゆくなるか?

 *
 春と赤ン坊

菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど

走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……

薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲(しろくも)
——赤ン坊を畑に置いて

 *
 雲 雀

ひねもす空で鳴りますは
あゝ 電線だ、電線だ
ひねもす空で啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴(ひばりめ)だ

碧(あーを)い 碧(あーを)い空の中
ぐるぐるぐると 潜(もぐ)りこみ
ピーチクチクと啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ

歩いてゆくのは菜の花畑
地平の方へ、地平の方へ
歩いてゆくのはあの山この山
あーをい あーをい空の下

眠つてゐるのは、菜の花畑に
菜の花畑に、眠つてゐるのは
菜の花畑で風に吹かれて
眠つてゐるのは赤ン坊だ?

 *
 閑寂

なんにも訪(おとな)ふことのない、
私の心は閑寂だ。
    それは日曜日の渡り廊下、
    ——みんなは野原へ行つちやつた。

板は冷たい光沢(つや)をもち、
小鳥は庭に啼(な)いてゐる。
    締めの足りない水道の、
    蛇口の滴(しづく)は、つと光り!

土は薔薇色(ばらいろ)、空には雲雀(ひばり)
空はきれいな四月です。
    なんにも訪(おとな)ふことのない、
    私の心は閑寂だ。

 *
 思ひ出

お天気の日の、海の沖は
なんと、あんなに綺麗なんだ!
お天気の日の、海の沖は
まるで、金や、銀ではないか

金や銀の沖の波に、
ひかれひかれて、岬(みさき)の端に
やつて来たれど金や銀は
なほもとほのき、沖で光つた。

岬の端には煉瓦工場が、
工場の庭には煉瓦干されて、
煉瓦干されて赫々(あかあか)してゐた
しかも工場は、音とてなかつた

煉瓦工場に、腰をば据ゑて、
私は暫く煙草を吹かした。
煙草吹かしてぼんやりしてると、
沖の方では波が鳴つてた。

沖の方では波が鳴らうと、
私はかまはずぼんやりしてゐた。
ぼんやりしてると頭も胸も
ポカポカポカポカ暖かだつた

ポカポカポカポカ暖かだつたよ
岬の工場は春の陽をうけ、
煉瓦工場は音とてもなく
裏の木立で鳥が啼(な)いてた

鳥が啼いても煉瓦工場は、
ビクともしないでジッとしてゐた
鳥が啼いても煉瓦工場の、
窓の硝子は陽をうけてゐた

窓の硝子は陽をうけてても
ちつとも暖かさうではなかつた
春のはじめのお天気の日の
岬の端の煉瓦工場よ!

 *  *
   *  *

煉瓦工場は、その後廃(すた)れて、
煉瓦工場は、死んでしまつた
煉瓦工場の、窓も硝子(ガラス)も、
今は毀(こは)れてゐようといふもの

煉瓦工場は、廃れて枯れて、
木立の前に、今もぼんやり
木立に鳥は、今も啼くけど
煉瓦工場は、朽ちてゆくだけ

沖の波は、今も鳴るけど
庭の土には、陽が照るけれど
煉瓦工場に、人夫は来ない
煉瓦工場に、僕も行かない

嘗(かつ)て煙を、吐いてた煙突も、
今はぶきみに、たゞ立つてゐる
雨の降る日は、殊にもぶきみ
晴れた日だとて、相当ぶきみ

相当ぶきみな、煙突でさへ
今ぢやどうさへ、手出しも出来ず
この尨大(ぼうだい)な、古強者(ふるつはもの)が
時々恨む、その眼は怖い

その眼は怖くて、今日も僕は
浜へ出て来て、石に腰掛け
ぼんやり俯(うつむ)き、案じてゐれば
僕の胸さへ、波を打つのだ

 *
 わが半生

私は随分苦労して来た。
それがどうした苦労であつたか、
語らうなぞとはつゆさへ思はぬ。
またその苦労が果して価値の
あつたものかなかつたものか、
そんなことなぞ考へてもみぬ。

とにかく私は苦労して来た。
苦労して来たことであつた!
そして、今、此処(ここ)、机の前の、
自分を見出すばつかりだ。
じつと手を出し眺めるほどの
ことしか私は出来ないのだ。

   外(そと)では今宵(こよい)、木の葉がそよぐ。
   はるかな気持の、春の宵だ。
   そして私は、静かに死ぬる、
   坐つたまんまで、死んでゆくのだ。

 *
 春宵感懐

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵(よひ)。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴(つか)めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示(あ)かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。

 *
 また来ん春……

また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない

おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にやあ)といひ
鳥を見せても猫(にやあ)だつた

最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた

ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……

 *
 正午
   丸ビル風景

あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振つて
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立つてゐる
ひよんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな

 *
 春日狂想

   1

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

   2

奉仕の気持になりはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前(せん)より、本なら熟読。
そこで以前より、人には丁寧。

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み——

まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇(あ)へば、につこり致し、

飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
そこで地面や草木を見直す。

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

    まことに人生、一瞬の夢、
    ゴム風船の、美しさかな。

空に昇つて、光つて、消えて——
やあ、今日は、御機嫌いかが。

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処(どこ)かで、お茶でも飲みましよ。

勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、——

戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
——ではまたそのうち、奥さんによろしく、

外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

   3

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に——
テムポ正しく、握手をしませう。

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』」より)

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