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2009年2月 9日 (月)

詩の入り口について/ためいき<4>

第1連の4行、

ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気(しやうき)の中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

というのは、
夜、しばしば通う場所である沼があって
そこへ来たころに必ず湧いてくる感情、
それは、ためいきの出るような失望感で、
それが、
楠(くすのき)とか、杉の木とかの
樹木から発する、
樟脳のようなツンとした香り
現代では、フィトンチッドとでもいう
木の香に満ちた沼のほとりの
林にさしかかると
そのためいきは、目をさまし、疼(うづ)きはじめ、
怨めし気につきまとっているけれど、
もちこたえられずに、パチンとはじけてしまいますよ。
まわりの木々が、若い学者仲間の
首筋のようにほっそり伸びて、
ちいさな驚きの表情を見せるでしょう。

というほどに解釈すれば
すこしは近くなったでしょうか
詩はそれほど遠いものではないはずで
ためいきと夜の沼の
絶妙といえる組み合わせに
はたと、感心することになるでしょう。

なんといっても
ためいきは夜の沼にゆき、
という、冒頭の、この1行への
滑り込むような入り方!
いきなり
夜の沼へ引きずり込まれた
ためいきは
まばたきし
底なし沼へ溺れるというのではなく
パチンとはぜるのです。

ためいきが、
夜の沼へゆき
まばたきし
パチンと音たてる

その時の、
木々が、
若い学者仲間のくびすじのようであるだろう、
という、
なんとも、唐突のようで、
ピタッと決まった
おかしみもある
これは
直喩ではないでしょうか
若い学者のくびすじ、とは!

ためいきを抱えた詩人は
井の頭池あたりへさしかかり
フーッとそれを吐き出すと
あたりの木々が
さわさわと揺れて
知り合いの学者仲間のくびすじをふっと思い出したのです

(つづく)

 *
 ためいき
   河上徹太郎に
ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気(しやうき)の中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

夜が明けたら地平線に、窓が開(あ)くだらう。
荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。
ためいきはなほ深くして、
丘に響きあたる荷車の音のやうであるだらう。

野原に突出た山ノ端の松が、私を看守(みまも)つてゐるだらう。
それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうであるだらう。
神様が気層の底の、魚を捕つてゐるやうだ。

空が曇つたら、蝗螽(いなご)の瞳が、砂土の中に覗くだらう。
遠くに町が、石灰みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光つてゐる。

*瘴気 熱病を起させる毒気。
*ピョートル大帝 ロシア皇帝ピョートル一世(1672―1724)。西欧文化を積極的に取り入れ、絶対主義帝政を確立した。

(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより)

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