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2009年3月 6日 (金)

散文詩「郵便局」と「正午-丸ビル風景」

歴史的建造物として
貴重な文化遺産である
東京中央郵便局が取り壊されてしまうのか、どうか
固唾(かたず)を飲んで
注目されるところですが、

中央郵便局の連想で
丸ビルが出てきて、
次には
中原中也の「正午 丸ビル風景」が重なって
……
そうこうしているうちに
ズバリ「郵便局」という題の詩があることを知りました。

中也は、昭和10年(1935)に
「四季」同人になるのですが、
昭和12年2月号に
「散文詩四篇」として発表した中に
「幻想」
「かなしみ」
「北沢風景」
とともに
「郵便局」はあります。

これら4作品と
「正午 丸ビル」は
ごく近いところにあることが推測されます。
その近さの一つは、
この年に詩人は死去する、
という一事です。

   *   
 郵便局

 私は今日郵便局のやうな、ガランとした所で遊んで来たい。それは今日のお午(ひる)からが小春日和で、私が今欲してゐるものといつたらみたところ冷たさうな、板の厚い卓子(テーブル)と、シガーだけであるから。おおそれから、最も単純なことを、毎日繰返してゐる局員の横顔!——それをしばらくみてゐたら、きつと私だつて「何かお手伝ひがあれば」と、一寸(ちよつと)口からシガーを外して云つてみる位な気軽な気持になるだらう。局員がクスリと笑ひながら、でも忙しさうに、言葉をかけた私の方を見向きもしないで事務を取りつづけてゐたら、そしたら私は安心して自分の椅子に返つて来て、向うの壁の高い所にある、ストーブの煙突孔でも眺めながら、椅子の背にどつかと背中を押し付けて、二服ほどは特別ゆつくり吹かせばよいのである。
 すつかり好い気持になつてる中に、日暮は近づくだらうし、ポケットのシガーも尽きよう。局員等の、機械的な表情も段々に薄らぐだらう。彼等の頭の中 に各々(めいめい)の家の夕飯仕度の有様が、知らず知らずに湧き出すであらうから。
 さあ彼等の他方見(よそみ)が始まる。そこで私は帰らざなるまい。
 帰つてから今日の日の疲れを、ジツクリと覚えなければならない私は、わが部屋とわが机に対し、わが部屋わが机特有の厭悪(えんお)をも覚えねばなるまい……。ああ、何か好い方法はないか?——さうだ、手をお医者さんの手のやうにまで、浅い白い洗面器で洗ひ、それからカフスを取換へること!
 それから、暖簾(のれん)に夕風のあたるところを胸に浮べながら、食堂に行くとするであらう……

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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