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« 中原中也関連の新刊情報 | トップページ | 「曇天」までのいくつかの詩<2>別離 »

2009年3月31日 (火)

「曇天」までのいくつかの詩<1>

この時期は盛んな「在りし日」の氾濫があったらしい。

 

と、大岡昇平が
「在りし日の歌」(1966年)で記す
「この時期」とは、
「月下の告白」や「秋岸清凉居士」が
書かれた1934年(昭和9年)以降を
指しているようです。

 

「別離」
「初恋集」
「雲」
「青い瞳」
「坊や」
「童女」
「山上のひととき」
「むなしさ」
「冬の夜」
「寒い!」
「我がヂレンマ」
「春と赤ン坊」
「白夜とポプラ」
「幻影」

 

を、この時期に発表されたり、
制作された作品としてあげて、
大岡昇平は
一つ一つに簡単な評言を与えた後、
「曇天」へと辿りつきます。

 

「在りし日の歌」は、
大岡昇平自ら、
「作品分析が主となっています」と、
中原中也に関する評論を集大成した
「中原中也」のあとがきで述べているように
作品論に重心をおいたものですが、

 

「完成度」「文学性」「作品性」などの観点から、
さして見るべき作品はなかった、
と、「曇天」へと、先を急いで、
この時期の作品を
軽く斥(しりぞ)けた、という感じがあります。

 

それに、
異論をはさむつもりではありませんが
なかなか佳(よ)い詩は多く、 
ここでは、そのすべての作品を
味わってみることにします。

 

 

 

 *
 別離

 

   1

 

さよなら、さよなら!
  いろいろお世話になりました
  いろいろお世話になりましたねえ
  いろいろお世話になりました

 

さよなら、さよなら!
  こんなに良いお天気の日に
  お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
  こんなに良いお天気の日に

 

さよなら、さよなら!
  僕、午睡(ひるね)の夢から覚めてみると
  みなさん家を空(あ)けておいでだつた
  あの時を妙に思ひ出します

 

さよなら、さよなら!
  そして明日(あした)の今頃は
  長の年月見馴れてる
  故郷の土をば見てゐるのです

 

さよなら、さよなら!
  あなたはそんなにパラソルを振る
  僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
  あなたはそんなにパラソルを振る

 

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!

 

   2

 

 僕、午睡から覚めてみると、
みなさん、家を空けてをられた
 あの時を、妙に、思ひ出します

 

 日向ぼつこをしながらに、
爪(つめ)摘んだ時のことも思ひ出します、
 みんな、みんな、思ひ出します

 

芝庭のことも、思ひ出します
 薄い陽の、物音のない昼下り
あの日、栗を食べたことも、思ひ出します

 

干された飯櫃(おひつ)がよく乾き
裏山に、烏(からす)が呑気(のんき)に啼(な)いてゐた
あゝ、あのときのこと、あのときのこと……

 

 僕はなんでも思ひ出します
僕はなんでも思ひ出します
 でも、わけて思ひ出すことは

 

わけても思ひ出すことは……
――いいえ、もうもう云へません
決して、それは、云はないでせう

 

   3

 

忘れがたない、虹と花
  忘れがたない、虹と花
  虹と花、虹と花
どこにまぎれてゆくのやら
  どこにまぎれてゆくのやら
  (そんなこと、考へるの馬鹿)
その手、その脣(くち)、その唇(くちびる)の、
  いつかは、消えて、ゆくでせう
  (霙(みぞれ)とおんなじことですよ)
あなたは下を、向いてゐる
  向いてゐる、向いてゐる
  さも殊勝らしく向いてゐる
いいえ、かういつたからといつて
  なにも、怒つてゐるわけではないのです、
怒つてゐるわけではないのです

 

忘れがたない、虹と花
  虹と花、虹と花
  (霙とおんなじことですよ)

 

   4

 

 何か、僕に、食べさして下さい。
何か、僕に、食べさして下さい。
 きんとんでもよい、何でもよい、
 何か、僕に食べさして下さい。

 

いいえ、これは、僕の無理だ、
  こんなに、野道を歩いてゐながら
  野道に、食物(たべもの)、ありはしない。
  ありません、ありはしません!

 

   5

 

向ふに、水車が、見えてゐます、
  苔(こけ)むした、小屋の傍、
ではもう、此処(ここ)からお帰りなさい、お帰りなさい
  僕は一人で、行けます、行けます、
僕は、何を云つてるのでせう
  いいえ、僕とて文明人らしく
もつと、他の話も、すれば出来た
  いいえ、やつぱり、出来ません出来ません。

 

 *
 初恋集

 

 すずえ

 

それは実際あつたことでせうか
 それは実際あつたことでせうか
僕とあなたが嘗(かつ)ては愛した?
 あゝそんなことが、あつたでせうか。

 

あなたはその時十四でした
 僕はその時十五でした
冬休み、親戚で二人は会つて
 ほんの一週間、一緒に暮した

 

あゝそんなことがあつたでせうか
 あつたには、ちがひないけど
どうもほんとと、今は思へぬ
 あなたの顔はおぼえてゐるが

 

あなたはその後遠い国に
 お嫁に行つたと僕は聞いた
それを話した男といふのは
 至極(しごく)普通の顔付してゐた

 

それを話した男といふのは
 至極普通の顔してゐたやう
子供も二人あるといつた
 亭主は会社に出てるといつた

 

 むつよ

 

あなたは僕より年が一つ上で
あなたは何かと姉さんぶるのでしたが
実は僕のほうがしつかりしてると
僕は思つてゐたのでした

 

ほんに、思へば幼い恋でした
僕が十三で、あなたが十四だつた。
その後、あなたは、僕を去つたが
僕は何時まで、あなたを思つてゐた……

 

それから暫(しばら)くしてからのこと、
野原に僕の家(うち)の野羊(やぎ)が放してあつたのを
あなたは、暫く遊んでゐました

 

僕は背戸(せど)から、見てゐたのでした。
僕がどんなに泣き笑ひしたか、
野原の若草に、夕陽が斜めにあたつて
それはそれは涙のやうな、きれいな夕方でそれはあつた。
         (一九三五・一・一一)

 

 終歌

 

噛んでやれ、叩いてやれ。
吐き出してやれ。
吐き出してやれ!

 

噛んでやれ。(マシマロやい。)
噛んでやれ。
吐き出してやれ!

 

(懐かしや。恨めしや。)
今度会つたら、
どうしよか?
噛んでやれ。噛んでやれ。
叩いて、叩いて、
叩いてやれ!
     (一九三五・一・一一)

 

 *
 雲

 

山の上には雲が流れてゐた

 

あの山の上で、お辨当を食つたこともある……
  女の子なぞといふものは
  由来桜の花瓣(はなびら)のやうに、
  欣んで散りゆくものだ

 

  近い過去も遠いい過去もおんなじこつた
  近い過去はあんまりまざまざ顕現するし
  遠い過去はあんまりもう手が届かない

 

山の上に寝て、空を見るのも
此処(ここ)にゐて、あの山をみるのも
所詮は同じ、動くな動くな

 

あゝ枯草を背に敷いて
やんわりむくもつてゐることは
空の青が、少し冷たくみえることは
煙草を喫ふなぞといふことは
世界的幸福である

 

 

 

 *
 青い瞳

 

1 夏の朝
かなしい心に夜が明けた、
  うれしい心に夜が明けた、
いいや、これはどうしたといふのだ?
  さてもかなしい夜の明けだ!

 

青い瞳は動かなかつた、
  世界はまだみな眠つてゐた、
さうして『その時』は過ぎつつあつた、
  あゝ、遐(とほ)い遐いい話。

 

青い瞳は動かなかつた、
  ――いまは動いてゐるかもしれない……
青い瞳は動かなかつた、
  いたいたしくて美しかつた!

 

私はいまは此処(ここ)にゐる、黄色い灯影に。
  あれからどうなつたのかしらない……
あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた!
  碧(あを)い、噴き出す蒸気のやうに。

 

2 冬の朝
それからそれがどうなつたのか……
それは僕には分らなかつた
とにかく朝霧罩(こ)めた飛行場から
機影はもう永遠に消え去つてゐた。

 

あとには残酷な砂礫(されき)だの、雑草だの
頬を裂(き)るやうな寒さが残つた。
――こんな残酷な空寞(くうばく)たる朝にも猶(なほ)
人は人に笑顔を以て対さねばならないとは

 

なんとも情ないことに思はれるのだつたが
それなのに其処(そこ)でもまた
笑ひを沢山湛(たた)へた者ほど
優越を感じてゐるのであつた。

 

陽は霧に光り、草葉の霜は解け、
遠くの民家に鶏(とり)は鳴いたが、
霧も光も霜も鶏も
みんな人々の心には沁(し)まず、
人々は家に帰つて食卓についた。
     (飛行機に残つたのは僕、
      バットの空箱(から)を蹴つてみる)
 *
 坊や

 

山に清水が流れるやうに
その陽の照った山の上の
硬い粘土の小さな溝を
山に清水が流れるやうに

 

何も解せぬ僕の赤子(ぼーや)は
今夜もこんなに寒い真夜中
硬い粘土の小さな溝を
流れる清水のやうに泣く

 

母親とては眠いので
目が覚めたとて構ひはせぬ
赤子(ぼーや)は硬い粘土の溝を
流れる清水のやうに泣く

 

その陽の照った山の上の
硬い粘土の小さな溝を
さらさらさらと流れるやうに清水のやうに
寒い真夜中赤子(ぼーや)は泣くよ
          一九三五・一・九

 

 *
 童女

 

眠れよ、眠れ、よい心、
おまへの肌へは、花粉だよ。

 

飛行機虫の夢をみよ、
クリンベルトの夢をみよ。

 

眠れよ、眠れ、よい心、
おまへの眼(まなこ)は、昆蟲(こんちゅう)だ。

 

皮肉ありげな生意気な、
奴等の顔のみえぬひま、

 

眠れよ、眠れ、よい心、
飛行機虫の、夢をみよ。

 

 *
 山上のひととき

 

いとしい者の上に風が吹き
私の上にも風が吹いた

 

いとしい者はたゞ無邪気に笑つてをり
世間はたゞ遥か彼方で荒くれてゐた

 

いとしい者の上に風が吹き
私の上にも風が吹いた

 

私は手で風を追ひかけるかに
わづかに微笑み返すのだつた

 

いとしい者はたゞ無邪気に笑つてをり
世間はたゞ遥か彼方で荒くれてゐた
      (一九三五・九・一九)

 

 *
 むなしさ

 

臘祭(らふさい)の夜の 巷(ちまた)に堕(お)ちて
 心臓はも 条網に絡(から)み
脂(あぶら)ぎる 胸乳(むなち)も露(あら)は
 よすがなき われは戯女(たはれめ)

 

せつなきに 泣きも得せずて
 この日頃 闇を孕(はら)めり
遐(とほ)き空 線条に鳴る
 海峡岸 冬の暁風

 

白薔薇(しろばら)の 造化の花瓣(くわべん)
 凍(い)てつきて 心もあらず
明けき日の 乙女の集(つど)ひ
 それらみな ふるのわが友

 

偏菱形(へんりようけい)=聚接面(しゆうせつめん)そも
 胡弓の音 つづきてきこゆ

 

 *
 冬の夜

 

みなさん今夜は静かです
薬鑵(やくわん)の音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです

 

それで苦労もないのです
えもいはれない弾力の
空気のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです

 

えもいはれない弾力の
澄み亙(わた)つたる夜の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです

 

かくて夜は更(ふ)け夜は深まつて
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです

 

   2

 

空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです

 

空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のやうな
その手の弾力のやうな やはらかい またかたい
かたいやうな その手の弾力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
炎(も)えるやうな 消えるやうな

 

冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです

 

 * 
 寒い!

 

毎日寒くてやりきれぬ。
瓦もしらけて物云はぬ。
小鳥も啼かないくせにして
犬なぞ啼きます風の中。

 

飛礫(つぶて)とびます往還は、
地面は乾いて艶(つや)もない。
自動車の、タイヤの色も寒々と
僕を追ひ越し走りゆく。

 

山もいたつて殺風景、
鈍色(にびいろ)の空にあつけらかん。
部屋は籠(こも)れば僕なぞは
愚痴つぽくなるばかりです。

 

かう寒くてはやりきれぬ。
お行儀のよい人々が、
笑はうとなんとかまはない
わめいて春を呼びませう……

 

 *
 我がヂレンマ

 

僕の血はもう、孤独をばかり望んでゐた。
それなのに僕は、屡々(しばしば)人と対坐してゐた。
僕の血は為(な)す所を知らなかつた。
気のよさが、独りで勝手に話をしてゐた。

 

後では何時でも後悔された。
それなのに孤独に浸ることは、亦(また)怖いのであつた。
それなのに孤独を棄(す)てることは、亦出来ないのであつた。
かくて生きることは、それを考へみる限りに於て苦痛であつた。

 

野原は僕に、遊べと云つた!
遊ばうと、僕は思つた。--しかしさう思ふことは僕にとつて、
既に余りに社会を離れることを意味してゐるのであつた。

 

かくて僕は野原にゐることもやめるのであつたが、
又、人の所にもゐなかつた……僕は書斎にゐた。
そしてくされる限りにくさつてゐた、そしてそれをどうすることも出来なかつた。
                   ――二・一九三五――

 

 *
 春と赤ン坊

 

菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?

 

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど

 

走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……

 

薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲(しろくも)
――赤ン坊を畑に置いて

 

 

 

 *
 月夜とポプラ

 

木の下かげには幽霊がゐる
その幽霊は、生まれたばかりの
まだ翼(はね)弱い蝙蝠(かうもり)に似て、
而も(しかも)それが君の命を
やがては覘はう(ねらはう)待構へてゐる
(木の下かげには、かうもりがゐる。)
そのかうもりを君が捕つて
殺してしまへばいいやうなものの
それは、影だ、手にはとられぬ
而も時偶(ときたま)見えるに過ぎない。
僕はそれを捕つてやらうと、
長い歳月考へあぐむだ。
けれどもそれは遂に捕れない、
捕れないと分つた今晩それは、
なんともかんとありありと

 

 *
 幻影

 

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

 

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

 

手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

 

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。

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