「青山学院」時代の朝の歌
「未発表詩篇」にも
朝の歌は見つかります。
「中原中也全詩集」(角川ソフィア文庫)の
目次をながめるだけで
「草稿詩篇(1933年―1936年)」の中に
「朝」と題する3作品が
並んでいます。
3作とも、「朝」の題で、
3番目の「朝」には、
(一九三四・四・二二)、
と、制作日が付されています。
この日付と遠からぬ時に
3作とも作られたことが推測されます。
中也27歳。
前年12月に遠縁の上野孝子と結婚し、
東京・四谷の花園アパートで暮らしはじめて
半年近くが経過しています。
装丁家・青山二郎が住むこのアパートには、
小林秀雄、河上徹太郎ら文学仲間が集まり、
賑やかな芸術サロン
のような空気が作り出され、
「青山学院」と呼ばれていました。
*
朝
かゞやかしい朝よ、
紫の、物々の影よ、
つめたい、朝の空気よ、
灰色の、甍(いらか)よ、
水色の、空よ!
風よ!
なにか思い出せない……
大切な、こころのものよ、
底の方でか、遥(はる)か上方でか、
今も鳴る、失(な)くした笛よ、
短く!
風よ!
水色の、空よ、
灰色の、甍よ、
つめたい、朝の空気よ、
かゞやかしい朝
紫の、物々の影よ……
*
朝
雀が鳴いてゐる
朝日が照つてゐる
私は椿の葉を想ふ
雀が鳴いてゐる
起きよといふ
だがそんなに直ぐは起きられようか
私は潅木林の中を
走り廻る夢をみてゐたんだ
恋人よ、親達に距(へだ)てられた私の恋人、
君はどう思ふか……
僕は今でも君を懐しい、懐しいものに思ふ
雀が鳴いてゐる
朝日が照つてゐる
私は椿の葉を想ふ
雀が鳴いてゐる
起きよといふ
だがそんなに直ぐは起きられようか
私は潅木林の中を
走り廻る夢をみてゐたんだ
*
朝
雀の声が鳴きました
雨のあがつた朝でした
お葱(ねぎ)が欲しいと思ひました
ポンプの音がしてゐました
頭はからつぽでありました
何を悲しむのやら分りませんが、
心が泣いてをりました
遠い遠い物音を
多分は汽車の汽笛の音に
頼みをかけるよな気持
心が泣いてをりました
寒い風に、油煙まじりの
煙が吹かれてゐるやうに
焼木杭(やけぼつくい)や霜のやう僕の心は泣いてゐた
(一九三四・四・二二)
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