「月下の告白」や「秋岸清凉居士」が
書かれた1934年(昭和9年)以降、
「曇天」までの間に書かれた作品で、
大岡昇平があげているのは、
以下の14作品です。
「別離」
「初恋集」
「雲」
「青い瞳」
「坊や」
「童女」
「山上のひととき」
「むなしさ」
「冬の夜」
「寒い!」
「我がヂレンマ」
「春と赤ン坊」
「白夜とポプラ」
「幻影」
このうちで、
長男文也の誕生にかかわる作品は
「坊や」
「童女」
「山上のひととき」
「春と赤ン坊」の4作ですが、
この4作品のほかにも
文也の「生」を歌った歌は
いくつかあります。
文也の「死」を悼んだ詩も
多くありますし、
文也以外の子どもを
歌った作品もあります。
ここで、
少し整理しておきますと、
1、長男文也の誕生以前に作られた歌
2、長男文也の誕生から死亡の間に作られた歌
3、長男文也の死亡以後に作られた歌
と、分けることができます。
文也の誕生は、1934年、昭和9年10月18日です。
文也の死亡は、1936年、昭和11年11月10日です。
1は、
子ども一般を歌った詩、
自分の子ども時代を歌った詩、
弟・亜郎(の死)を歌った詩、
長谷川泰子の子・茂樹を歌った詩
などが、考えられますが、
ここでは
特に、2に
こだわっていることになります。
第1子である文也の
誕生と成長をモチーフにして
詩人は、
さまざまな歌を作るのです。
それらは、
3の追悼詩でもない作品です。
2の作品を
ざっと列挙すると、
「在りし日の歌」所収作品に
「この小児」 1935・5?
「春と赤ン坊」 1935・3?(文学界1935年4月号)
「雲雀」 1935・3?(文学界1935年4月号)
「生前発表作品」に
「童女」
「草稿詩篇1933年——1936年」に、
「誘蛾燈詠歌」 1934・12・16
「坊や」 1935・1・9
「大島行葵丸にて」 1935・4・24
「吾子よ吾子」 1935・6・6
「山上のひととき」 1935・9・19
「夜半の嵐」
と、いった具合になります。
以上の全作品を
ここに載せ、
いくつかを味わうことにします。
*
この小児
コボルト空に往交(ゆきか)へば、
野に
蒼白の
この小児[しょうに]。
黒雲(くろくも)空にすぢ引けば、
この小児
搾(しぼ)る涙は
銀の液……
地球が二つに割れゝばいい、
そして片方は洋行すればいい、
すれば私はもう片方に腰掛けて
青空をばかり——
花崗の巌(いはほ)や
浜の空
み寺の屋根や
海の果て……
*
春と赤ン坊
菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?
いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど
走つてゆくのは、自転車々々々 向ふの道を、
走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……
薄桃色の、風を切つて 走つてゆくのは
菜の花畑や空の白雲(しろくも)
————赤ン坊を畑に置いて
*
雲 雀
ひねもす空で鳴りますは
あゝ 電線だ、電線だ
ひねもす空で啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴(ひばりめ)だ
碧(あーを)い 碧(あーを)い空の中
ぐるぐるぐると 潜(もぐ)りこみ
ピーチクチクと啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ
歩いてゆくのは菜の花畑
地平の方へ、地平の方へ
歩いてゆくのはあの山この山
あーをい あーをい空の下
眠つてゐるのは、菜の花畑に
菜の花畑に、眠つてゐるのは
菜の花畑で風に吹かれて
眠つてゐるのは赤ン坊だ?
*
童女
眠れよ、眠れ、よい心、
おまへの肌へは、花粉だよ。
飛行機虫の夢をみよ、
クリンベルトの夢をみよ。
眠れよ、眠れ、よい心、
おまへの眼(まなこ)は、昆蟲(こんちゅう)だ。
皮肉ありげな生意気な、
奴等の顔のみえぬひま、
眠れよ、眠れ、よい心、
飛行機虫の、夢をみよ。
*
誘蛾燈詠歌
1
ほのかにほのかに、ともつてゐるのは
これは一つの誘蛾燈、稲田の中に
秋の夜長のこの夜さ一と夜、ともつてゐるのは
誘蛾燈、ひときは明るみひときはくらく
銀河も流るるこの夜さ一と夜、稲田の此処(ここ)に
ともつてゐるのは誘蛾燈、だあれも来ない
稲田の中に、ともつてゐるのは誘蛾燈
たまたま此処に来合せた者が、見れば明るく
ひときは明るく、これより明るいものとてもない
夕べ誰(た)が手がこれをば此処に、置きに来たのか知る由もない
銀河も流るる此の夜さ一夜、此処にともるは誘蛾燈
2
と、つまり死なのです、死だけが解決なのです
それなのに人は子供を作り、子供を育て
ここもと此処(娑婆しゃば)だけを一心に相手とするのです
却々(なかなか)義理堅いものともいへるし刹那的(せつなてき)とも考へられます
暗い暗い曠野(こうや)の中に、その一と所に灯をばともして
ほのぼのと人は暮しをするのです、前後(あとさき)の思念もなく
扨(さて)ほのぼのと暮すその暮しの中に、皮肉もあれば意地悪もあり
虚栄もあれば衒(てら)ひ気もあるといふのですから大したものです
ほのぼのと、此処だけ明るい光の中に、親と子とそのいとなみと
義理と人情と心労と希望とあるといふのだからおほけなきものです
もともとはといへば終局の所は、案じあぐむでも分らない所から
此処は此処だけで一心にならうとしたものだかそれとも、
子供は子供で現に可愛いから可愛がる、従つて
その子はまたその子の子を可愛がるといふふうになるうちに
入籍だの誕生の祝ひだのと義理堅い制度や約束が生じたのか
その何れであるかは容易に分らず多分は後者の方であらうにしても
如何(いか)にも私如き男にはほのかにほのかに、ここばかり明(あか)る此の娑婆といふものは
なにや分らずたゞいぢらしく、夜べに聞く青年団の
喇叭(らっぱ)練習の音の往還に流れ消えてゆくを
銀河思ひ合せて聞いてあるだに感じ強うて精一杯で
その上義務だの云はれてははや驚くのほかにすべなく
身を挙げて考へてのやうやくのことが、
ほのぼのとほのぼのとここもと此処ばかり明る灯(ともし)ともして
人は案外義理堅く生活といふことしか分らない
そして私は青年団練習の喇叭を聞いて思ひそぞろになりながら
而も(しかも)義理と人情との世のしきたりに引摺(ひきず)られつつびつくりしてゐる
3
あをによし奈良の都の
それではもう、僕は青とともに心中しませうわい
くれなゐだのイエローなどと、こちや知らんことだわい
流れ流れつ空をみて赤児の脣(くち)よりなほ淡(あは)く
空に浮かれて死んでゆこか、みなさんや
どうか助けて下されい、流れ流れる気持より
何も分らぬわたくしは、少しばかりは人様なみに
生きてゐたいが業(ごふ)のはじまり、かにかくにちよつぴりと働いては
酒を飲み、何やらかなしく、これこのやうにぬけぬけと
まだ生きてをりまして、今宵小川に映る月しだれ柳や
いやもう難有(ありがと)うて、耳ゴーと鳴つて口きけませんだぢやい
4
やまとやまと、やまとはくにのまほろば・・・・・・
何云ひなはるか、え?あんまり責めんといてくれやす
責めはつたかてどないなるもんやなし、な
責めんといとくれやす、何も諛(へつら)ひますのやないけど
あてこないな気持になるかて、あんたかて
こないな気持にならはることかてありますやろ、そやないか?
そらモダンもええどつしやろ、しかし柳腰もええもんですえ?
(あゝ、そやないかァ)
(あゝ、そやないかァ)
5 メルヘン
寒い寒い雪の曠野の中でありました
静御前と金時は親子の仲でありました
すげ笠は女の首にはあまりに大きいものでありました
雪の中ではおむつもとりかへられず
吹雪は瓦斯(ガス)の光の色をしてをりました
*
或るおぼろぬくい春の夜でありました
平の忠度(ただのり)は木の下に駒をとめました
かぶとは少しく重過ぎるのでありました
そばのいささ流れで頭の汗を洗ひました、サテ
花や今宵の主(あるじ)ならまし
(一九三四・一二・一六)
*
坊や
山に清水が流れるやうに
その陽の照った山の上の
硬い粘土の小さな溝を
山に清水が流れるやうに
何も解せぬ僕の赤子(ぼーや)は
今夜もこんなに寒い真夜中
硬い粘土の小さな溝を
流れる清水のやうに泣く
母親とては眠いので
目が覚めたとて構ひはせぬ
赤子(ぼーや)は硬い粘土の溝を
流れる清水のやうに泣く
その陽の照った山の上の
硬い粘土の小さな溝を
さらさらさらと流れるやうに清水のやうに
寒い真夜中赤子(ぼーや)は泣くよ
一九三五・一・九
*
大島行葵丸にて
夜十時の出帆
夜の海より僕(ぼか)唾(つば)吐いた
ポイ と音して唾とんでつた
瞬間(しばし)浪間に唾白かつたが
ぢきに忽(たちま)ち見えなくなつた
観音岬に燈台はひかり
ぐるりぐるりと射光(ひかり)は廻つた
僕はゆるりと星空見上げた
急に吾子(こども)が思ひ出された
さだめし無事には暮らしちやゐようが
凡(およ)そ理性の判ずる限りで
無事でゐるとは思つたけれど
それでゐてさへ気になつた
(一九三五・四・二四)
*
吾子よ吾子
ゆめに、うつつに、まぼろしに……
見ゆるは、何ぞ、いつもいつも
心に纏(まと)ひて離れざるは、
いかなる愛(なさけ)、いかなる夢ぞ、
思ひ出でては懐かしく
心に沁みて懐かしく
磯辺の雨や風や嵐が
にくらしうなる心は何ぞ
雨に、風に、嵐にあてず、
育てばや、めぐしき吾子よ、
育てばや、めぐしき吾子よ、
育てばや、あゝいかにせん
思ひ出でては懐かしく、
心に沁みて懐かしく、
吾子わが夢に入るほどは
いつもわが身のいたまるゝ
(一九三五・六・六)
*
山上のひととき
いとしい者の上に風が吹き
私の上にも風が吹いた
いとしい者はたゞ無邪気に笑つてをり
世間はたゞ遥か彼方で荒くれてゐた
いとしい者の上に風が吹き
私の上にも風が吹いた
私は手で風を追ひかけるかに
わづかに微笑み返すのだつた
いとしい者はたゞ無邪気に笑つてをり
世間はたゞ遥か彼方で荒くれてゐた
(一九三五・九・一九)
*
夜半の嵐
松吹く風よ、寒い夜(よ)の
われや憂き世にながらへて
あどけなき、吾子(あこ)をしみればせぐくまる
おもひをするよ、今日このごろ。
人のなさけの冷たくて、
真(しん)はまことに響きなく……
松吹く風よ、寒い夜(よ)の
汝(なれ)より悲しきものはなし。
酔覚めの、寝覚めかなしくまづきこゆ
汝(なれ)より悲しきものはなし。
口渇くとて起出でて
水をのみ、渇きとまるとみるほどに
吹き寄する風よ、寒い夜の
喀痰(かくたん)すれば唇(くち)寒く
また床(とこ)に入り耳にきく
夜半の嵐の、かなしさよ……
それ、死の期(とき)もかからまし
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