「曇天」までのいくつかの詩<2>別離
たとえば、一番目の「別離」。
なんのことはない
別れのシーンですが、
一度読んだら忘れられない。
さよなら、さよなら!
あなたはそんなにパラソルを振る
僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
あなたはそんなにパラソルを振る
こんなシーンを
昔、どっかでしたことあったっけ?
なんて、ありもしない空想を
思い描くだけで、
ドキドキワクワクしてきます。
白いパラソルを
クルクル回して
僕を送ってくれた彼女……。
「時代屋の女房」か
「小犬を連れた貴婦人」か。
忘れがたない、虹と花
虹と花、虹と花
(霙とおんなじことですよ)
決して忘れるものですか
虹と花とは
虹と花とは
みぞれと同じことですよ
あっけなく消えてなくなる
虹と花よ
「5章」もある詩で
やや冗長な感じが否(いな)めない、とか、
ストーリーが散漫に感じられるとか、いうなら、
何度も何度も
最後までよーく読んで
味わっていると、
自ずとまた発見が出てきて、
詩句のきれぎれに光るものが見えてきたり、
それは、一度読んだら忘れられなくなるフレーズであったりしますし、
わすれがたない、虹と花、
この詩こそ……。
さよなら、さよなら!
って、お道化風に聞くだけじゃ
もったいないです。
いや、道化は
あのサーカスのピエロのようで
あるいは、
チャールズ・チャプリンの主人公のようで、
なんとも哀愁のある
情感豊かなキャラクターが
この詩にも登場してくるようで
とてもいいんです。
4と5は
要らない、なんて思う人は
3まででもいいのですよ
*
別離
1
さよなら、さよなら!
いろいろお世話になりました
いろいろお世話になりましたねえ
いろいろお世話になりました
さよなら、さよなら!
こんなに良いお天気の日に
お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
こんなに良いお天気の日に
さよなら、さよなら!
僕、午睡(ひるね)の夢から覚めてみると
みなさん家を空(あ)けておいでだつた
あの時を妙に思ひ出します
さよなら、さよなら!
そして明日(あした)の今頃は
長の年月見馴れてる
故郷の土をば見てゐるのです
さよなら、さよなら!
あなたはそんなにパラソルを振る
僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
あなたはそんなにパラソルを振る
さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!
2
僕、午睡から覚めてみると、
みなさん、家を空けてをられた
あの時を、妙に、思ひ出します
日向ぼつこをしながらに、
爪(つめ)摘んだ時のことも思ひ出します、
みんな、みんな、思ひ出します
芝庭のことも、思ひ出します
薄い陽の、物音のない昼下り
あの日、栗を食べたことも、思ひ出します
干された飯櫃(おひつ)がよく乾き
裏山に、烏(からす)が呑気(のんき)に啼(な)いてゐた
あゝ、あのときのこと、あのときのこと……
僕はなんでも思ひ出します
僕はなんでも思ひ出します
でも、わけて思ひ出すことは
わけても思ひ出すことは……
——いいえ、もうもう云へません
決して、それは、云はないでせう
3
忘れがたない、虹と花
忘れがたない、虹と花
虹と花、虹と花
どこにまぎれてゆくのやら
どこにまぎれてゆくのやら
(そんなこと、考へるの馬鹿)
その手、その脣(くち)、その唇(くちびる)の、
いつかは、消えて、ゆくでせう
(霙(みぞれ)とおんなじことですよ)
あなたは下を、向いてゐる
向いてゐる、向いてゐる
さも殊勝らしく向いてゐる
いいえ、かういつたからといつて
なにも、怒つてゐるわけではないのです、
怒つてゐるわけではないのです
忘れがたない、虹と花
虹と花、虹と花
(霙とおんなじことですよ)
4
何か、僕に、食べさして下さい。
何か、僕に、食べさして下さい。
きんとんでもよい、何でもよい、
何か、僕に食べさして下さい。
いいえ、これは、僕の無理だ、
こんなに、野道を歩いてゐながら
野道に、食物(たべもの)、ありはしない。
ありません、ありはしません!
5
向ふに、水車が、見えてゐます、
苔(こけ)むした、小屋の傍、
ではもう、此処(ここ)からお帰りなさい、お帰りなさい
僕は一人で、行けます、行けます、
僕は、何を云つてるのでせう
いいえ、僕とて文明人らしく
もつと、他の話も、すれば出来た
いいえ、やつぱり、出来ません出来ません。
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