なんの己れが桜かな/正午・丸ビル風景
初夏のような
ポカポカ陽気に
桜は満開。
都心の公園という公園は
サラリーマンが
ブルーシートで
陣取り合戦……。
今や、花見シーズンの風物詩となって久しい。
桜の花を愛でる、なんて
そっちのけで
飲まにゃあ損損♪♪♪
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
と、ついつい、
中也の名作「正午 丸ビル風景」が
口端(くちは)に上ってくるというものです。
この、
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
というフレーズには、
頭に、酒なくて、
の5字があるのでして、
江戸時代の川柳、
酒なくて なんの己が 桜かな
これを、ルフランの名手である中也が
昼休みをとる
サラリーマンが
ゾロゾロゾロゾロと
ビルの玄関から出てくる光景の
なんともおかしいような
プラプラした身振りをとらえて
そうです!
スーダラ節の
サラリーマンは
気楽な稼業と言うけれどーー♪♪
を、思わせる
暢気そうだけれど
真面目そうで
働き者の悲哀を漂わせた姿を
歌っているのです。
「在りし日の歌」の
最後から3番目にこの作品はあり、
最終の「蛙声」、
その手前の「春日狂想」の
暗いイメージに比べて
正午の明るい感じが
詩人の陽気さとか
向日性とかを垣間見(かいまみ)せるようで
なんとも言えない味わいのある作品です。
*
正午
丸ビル風景
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振つて
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立つてゐる
ひよんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな
(佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』角川文庫クラシックスより)
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