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2009年4月28日 (火)

「曇天」までのいくつかの詩<16>夜半の嵐

Le_chat

 

長男の文也が
死ぬ前に書かれた歌で
子どもを歌った歌に
「夜半の嵐」という
草稿作品があります。

 

「草稿詩篇」(1933年~1936年)の
「曇つた秋」(1935年10月5日制作)の次にあり
「雲」の前に置かれているので、
誕生から2年近くの日が
経っていることが推測されます。

 

つまり、文也の死の
直前の作品ということになります。
「童女」の 制作が1936年ですが、
これより前の制作か後の制作かは
わかりません。

 

中原中也が初めて吐血したのは
いつ頃のことなのでしょうか
長門峡へ遊んだ帰途に、
吐血したことは
知られたことですが、
この頃から、
結核性の病気を患っていたのでしょうか

 

最終連の

 

喀痰(かくたん)すれば唇(くち)寒く
また床(とこ)に入り耳にきく
夜半の嵐の、かなしさよ……
それ、死の期(とき)もかからまし

 

は、詩人は、痰を吐いて、
(その後)、床に入った、
というのですから
詩人の身体は
尋常ではない状態を表しています。
ヘビースモーキングによる
喀痰ではないような
重苦しさがあります。

 

死の期(とき)もかからまし、と
死ぬときのイメージが浮かんできても
不自然ではなかったのかもしれません

 

我が子の成長を祈る父親が
喀痰する父親であり、
乱酔する父親であり、
その父親が聞く松風……

 

寒い夜に、
松に吹く風の
悲しい響き……

 

「死」が
子どもを歌った詩の中に
入り込んでいます。

 

この頃、
文也の死を
詩人は夢にも考えたことはありません。

 

 

 

 *
 夜半の嵐

 

松吹く風よ、寒い夜(よ)の
われや憂き世にながらへて
あどけなき、吾子(あこ)をしみればせぐくまる
おもひをするよ、今日このごろ。

 

人のなさけの冷たくて、
真(しん)はまことに響きなく……
松吹く風よ、寒い夜(よ)の
汝(なれ)より悲しきものはなし。

 

酔覚めの、寝覚めかなしくまづきこゆ
汝(なれ)より悲しきものはなし。
口渇くとて起出でて
水をのみ、渇きとまるとみるほどに
吹き寄する風よ、寒い夜の

 

喀痰(かくたん)すれば唇(くち)寒く
また床(とこ)に入り耳にきく
夜半の嵐の、かなしさよ……
それ、死の期(とき)もかからまし

 

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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