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2009年4月14日 (火)

「曇天」までのいくつかの詩<9>この小児

 寒い夜中に
 泣き止まなかった
 生まれたばかりの子は、
 
 やがて、
 外気にも触れ、
 ハイハイもすれば、
 ヨチヨチ歩きもできるようになり、
 風の中で、眠り、
 風に吹かれて、笑っている
 いたいけのない子どもになり、
 
 電線のうなる風の日には
 菜の花畑に
 取り残され……
 
 今は、
 コボルトという
 いたづら好きの妖精が
 飛び交う
 空の下にいます。
 
 その空に
 黒いすじが一つ現れると
 この子どもは、
 怯(おび)えて、
 泣き出すのですが
 その涙は、
 銀のような液体でした
 
 詩人は
 考えました
 
 地球が二つに割れるといい、
 そして片方は外国旅行にでも行ってしまえばいい
 そうすれば、ぼくは、
 残ったほうの地球の半分に腰掛けて、
 青い空を飽きるまで眺めて
 詩でも書いて
 暮らして行けるだろう
 
 花崗岩や
 海辺の空や
 お寺の屋根や
 海の果て……などを
 いやになるほど眺めて。
 
 赤子の歌は、
 イノセンスの賛歌であることを超えて、
 いつしか、
 詩人の立つところへの、
 不安とか
 希望とか
 未来とか
 
 なにやら、
 詩人自らに
 差し迫って
 重いものに向かうかのようです。
 
 
 *
 この小児

 

コボルト空に往交(ゆきか)へば、
野に
蒼白の
この小児。

 

黒雲空にすぢ引けば、
この小児
搾(しぼ)る涙は
銀の液……

 

     地球が二つに割れゝばいい、
     そして片方は洋行すればいい、
     すれば私はもう片方に腰掛けて
     青空をばかり――

 

花崗の巌(いはほ)や
浜の空
み寺の屋根や
海の果て……

 

(角川文庫クラシックス 佐々木幹郎編「中原中也詩集『在りし日の歌』より)
 ◇原作には「もう片方」に傍点が付けられています。(編者)

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