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2009年5月 5日 (火)

「曇天」までのいくつかの詩<20>初恋集4

Circus

 

「初恋集」は「終歌」によって
恋愛詩としての質的転換を
見せようとします。
ここに、
中原中也がいます。
その非凡があります。

 

それが、成功したかどうか
人によって感じ方はさまざまでしょう

 

いきなり、

 

噛んでやれ、
叩いてやれ。
吐き出してやれ。

 

です。
何事が起きているのだろう、と
読み手は、
詩の構造を探ろうとします。

 

マシマロやい、で、
ふくよかな
ふわふわした、
柔らかな
女性に向かっていることが
分かります。

 

ああ、懐かしい
ああ、恨めしい

 

今度会ったら
今度会ったら

 

叩いて、
噛んで、
噛んで、
叩いてやろう

 

ぼくを、
ひとりぼっちにさせておいた罰だ

 

(つづく)

 

 *
 初恋集

 

   すずえ

 

それは実際あつたことでせうか
 それは実際あつたことでせうか
僕とあなたが嘗(かつ)ては愛した?
 あゝそんなことが、あつたでせうか。

 

あなたはその時十四でした
 僕はその時十五でした
冬休み、親戚で二人は会つて
 ほんの一週間、一緒に暮した

 

あゝそんなことがあつたでせうか
 あつたには、ちがひないけど
どうもほんとと、今は思へぬ
 あなたの顔はおぼえてゐるが

 

あなたはその後遠い国に
 お嫁に行つたと僕は聞いた
それを話した男といふのは
 至極(しごく)普通の顔付してゐた

 

それを話した男といふのは
 至極普通の顔してゐたやう
子供も二人あるといつた
 亭主は会社に出てるといつた

 

 むつよ

 

あなたは僕より年が一つ上で
あなたは何かと姉さんぶるのでしたが
実は僕のほうがしつかりしてると
僕は思つてゐたのでした

 

ほんに、思へば幼い恋でした
僕が十三で、あなたが十四だつた。
その後、あなたは、僕を去つたが
僕は何時まで、あなたを思つてゐた……

 

それから暫(しばら)くしてからのこと、
野原に僕の家(うち)の野羊(やぎ)が放してあつたのを
あなたは、暫く遊んでゐました

 

僕は背戸(せど)から、見てゐたのでした。
僕がどんなに泣き笑ひしたか、
野原の若草に、夕陽が斜めにあたつて
それはそれは涙のやうな、きれいな夕方でそれはあつた。
         (一九三五・一・一一)

 

 終歌

 

噛んでやれ、叩いてやれ。
吐き出してやれ。
吐き出してやれ!

 

噛んでやれ。(マシマロやい。)
噛んでやれ。
吐き出してやれ!

 

(懐かしや。恨めしや。)
今度会つたら、
どうしよか?
噛んでやれ。噛んでやれ。
叩いて、叩いて、
叩いてやれ!
     (一九三五・一・一一)

 

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

 

 

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