一人ぼっちの酒/カフェにて
「早大ノート」(1930〜1937)の3番目にある
「カフェにて」。
日本では、明治時代に
パリのサロンをまねた
大衆酒場が流行りました。
そこには女給がいて
ウェイトレスというより
ホステスに似た仕事をしていたという話です。
つまり
カフェは、コーヒーを出す
今の喫茶店ではなく
酒を出す風俗営業店に
近いものだったらしい。
向田邦子の「父の詫び状」には、
銀座のカフェで遊んだ父が
女給たちを家に連れて帰り
泊まらせて大騒ぎになった
というエピソードがあります。
あれです。
詩人も
カフェによく出かけました。
そこで、
文学上の議論に熱中し、
しばしば喧嘩に発展したことは
よく知られたことです。
この作品は
一人静かに飲む酒のようで、
秋風がこころに沁みる
寂寥を歌っています。
*
カフェにて
酔客の、さわがしさのなか、
ギタアルのレコード鳴って、
今晩も、わたしはここで、
ちびちびと、飲み更かします
人々は、挨拶交はし、
杯の、やりとりをして、
秋寄する、この宵をしも、
これはまあ、きらびやかなことです
わたくしは、しょんぼりとして、
自然よりよいものは、さらにもないと、
悟りすましてひえびえと
ギタアルきいて、身も世もあらぬ思ひして
酒啜(すす)ります、その酒に、秋風沁(し)みて
それはもう 結構なさびしさでございました
(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)
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