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2009年7月15日 (水)

ダダのデザイン<5>道化の臨終(4)

いよいよ
道化の僕が語り出します。
第3章あたり、
起承転結の転あたりから結へと進みます。

どうぞ皆さん、という語りかけの口調は
これも
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テムポ正しく、握手をしませう。
という「春日狂想」の
語り口調と同じものです。

どうぞみなさん、僕という
バカやさしい、痴呆症とか
抑揚を知らない、母なし子とか
岬の浜の不死身貝とか……
その他にもいろいろ呼び名はありまして、

お得意の地口(じぐち)が
しばらく続きます
あんまり意味はなさそうですが
設定が臨終ですから
人の命のはかなさについて
延々延々と

命題、反対命題の
トコトン、弁証し、止揚した場所とか、
天下の「衛生無害」とか、
昔ながらのバラの花とか、
馬鹿げたものでございますが
どうぞ大目にみていただきたく……

このように申しますわけと言えばですが、
泣くも笑うも、朝露の命でありまして、
人の命ははかないものでありまして、
星の中の、星の星の、その一つ、
砂の中の、砂の砂の、その一つ、
舌がもつれてしまいますな、

浮くも沈むも、
波間のヒョウタンみたいなもので
格別になにも必要としませんので、
笛の中の、笛の笛の、
段々、舌がもつれてきますね

至上至福の、
ご臨終の時、いまわの際を、
いやはや、なんと申しましょうか
一番お世話になりながら、
一番忘れていられるもの、
あの、あれです、とかいっても、
これじゃあ、どなたもピンとこないですよね
お分かりにならないですよね

じゃあ、忘恩を後悔する涙、とか?
ええ、まあ、それでもよいのですけれど……

では……、では……
えい、じれったいなあ
これやこれ、行くも帰るも、
別れては、消える移り香(うつりが)、
追い回して、くたびれて、
秋の夜長に、目が覚めて、
天井の板の木目に目を凝らし、
ああ、と叫び声さえあげて、
呆然と……昔のことを思い出し……

ああ、ここにも、
泰子さんが出てきましたねえ!

はっと、我に返りはするものの、
野辺の草葉に、盗賊が、
疲れて眠っていて、その腰に、
インゲン豆の形をした刀が差してあって、
こりゃあ、こりゃあ、何者ぞ
切るぞー、と声をあげると、
戸の外に、丹下左膳がこちらを向いて、

狂った心の仕業だからって
われながら何を言い出すことやら

そうかそうならば、
人よ、あなたの永遠の命を
恋することが、もしないのだったら、
シネマを見たからといってドッコイショノショ、
ダンスをしたからといってドッコイショノショ、
などと言ったら、笑われてしまって、
ちっとも聞いてもらえない

そうならば僕、
どうせ明日は死ぬ身、
いまここに、要領を得ないままですが……
とにもかくにも、書き付けましたのは、
これはほんとに、心の一部分です
どうぞ不備の点は、お許しお願いしたく、
願わくは、僕、おどけおどけて
生き長らえてきた、小者(こもの)ですので、
死んだら、冥福も大きいものと、
神さまに、祈ってやってくださいませんか

(つづく)

 *      
 道化の臨終(Etude Dadaistique)   

   序 曲

君ら想はないか、夜毎何処(どこ)かの海の沖に、
火を吹く龍がゐるかもしれぬと。
君ら想はないか、曠野(こうや)の果に、
夜毎姉妹の灯ともしてゐると。

君等想はないか、永遠の夜(よる)の浪、
其処(そこ)に泣く無形(むぎやう)の生物(いきもの)、
其処に見開く無形(むぎやう)の瞳、
かの、かにかくに底の底……

心をゆすり、ときめかし、
嗚咽(おえつ)・哄笑一時(いつとき)に、肝に銘じて到るもの、
清浄こよなき漆黒のもの、
暖(だん)を忘れぬ紺碧(こんぺき)を……

     *     *
        *

空の下(もと)には 池があつた。
その池の めぐりに花は 咲きゆらぎ、
空はかほりと はるけくて、
今年も春は 土肥やし、
雲雀(ひばり)は空に 舞ひのぼり、
小児が池に 落つこつた。

小児は池に仰向(あおむ)けに、
池の縁〈ふち〉をば 枕にて、
あわあわあわと 吃驚(びつくり)し、
空もみないで 泣きだした。

僕の心は 残酷な、
僕の心は 優婉(ゆうえん)な、
僕の心は 優婉な、
僕の心は 残酷な、
涙も流さず 僕は泣き、
空に旋毛(つむじ)を 見せながら、
紫色に 泣きまする。

僕には何も 云はれない。
発言不能の 境界に、
僕は日も夜も 肘(ひじ)ついて、
僕は砂粒に 照る日影だの、
風に揺られる 雑草を、
ジツと瞶(みつ)めて をりました。

どうぞ皆さん僕といふ、
はてなくやさしい 痴呆症、
抑揚の神の 母無(おやな)し子(ご)、
岬の浜の 不死身貝、
そのほか色々 名はあれど、
命題・反対命題の、
能(あた)ふかぎりの 止揚場(しやうぢやう)、
天(あめ)が下なる 「衛生無害」、
昔ながらの薔薇(ばら)の花、
ばかげたものでも ござりませうが、
大目にあづかる 為体(ていたらく)。

かく申しまする 所以(ゆえん)のものは、
泣くも笑ふも 朝露の命、
星のうちなる 星の星……
砂のうちなる 砂の砂……
どうやら舌は 縺(もつ)れまするが、
浮くも沈むも 波間の瓢(ひさご)、
格別何も いりませぬ故、
笛のうちなる 笛の笛、
――次第に舌は 縺れてまゐる――
至上至福の 臨終(いまは)の時を、
いやいや なんといはうかい、
一番お世話になりながら、
一番忘れてゐられるもの……
あの あれを……といつて、
それでは誰方(どなた)も お分りがない……
では 忘恩悔ゆる涙とか?
えゝまあ それでもござりまするが……
では――
えイ、じれつたや
これやこの、ゆくもかへるも
別れては、消ゆる移り香、
追ひまはし、くたびれて、
秋の夜更に 目が覚めて、
天井板の 木理(もくめ)みて、
あなやと叫び 呆然(ぼうぜん)と……
さて われに返りはするものの、
野辺の草葉に 盗賊の、
疲れて眠る その腰に、
隠元豆の 刀あり、
これやこの 切れるぞえ、
と 戸の面(おもて)、丹下左膳がこつち向き、
――狂つた心としたことが、
何を云ひ出すことぢややら……
さはさりながら さらばとて、
正気の構へを とりもどし、
人よ汝(いまし)が「永遠」を、
恋することのなかりせば、
シネマみたとてドツコイシヨのシヨ、
ダンスしたとてドツコイシヨのシヨ。
なぞと云つたら 笑はれて、
ささも聴いては 貰へない、
さればわれ、明日は死ぬ身の、
今茲(ここ)に 不得要領……
かにかくに 書付けましたる、
ほんのこれ、心の片端〈はしくれ〉、
不備の点 恕(ゆる)され給ひて、
希(ねが)はくは お道化(どけ)お道化て、
ながらへし 小者にはあれ、
冥福の 多かれかしと、
神にはも 祈らせ給へ。
             (一九三四・六・二)

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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