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2009年8月26日 (水)

ダダのデザイン<10>ピチベの哲学

「ピチベの哲学」は、
1934年2月、
「紀元」に発表されました。

ピチベは、
名無しの権兵衛(ごんべい)の兵衛とか
清兵衛(せいべい)さんとか
野次郎兵衛(やじろうべえ)とか、の
べい、べえにつながったり、

遠い外国、
たとえばイタリアあたりの、
古代ローマの都市の一つであった町に
住んでいた兵士の名前とかを
思わせたりしますが
ほんとのところは
なんだかわかりません。

人名と考えるのが妥当で
詩人が
想像の世界で親しい「道化」の
中の一人に付けた名前と
ここでは考えておきましょう。

俺は愁(かな)しいのだよ。
の俺は、道化である俺、ピチベで、
ピチベは詩人のことでもあり、
その俺が、
いきなり、悲しい、と歌い出します。

京都時代のダダ詩は
「道化」を介在しないで
歌われていましたが
1934年になると、
「道化」の口を借りて
歌われるようになるケースが増えるのです。

各連の冒頭の、
チヨンザイチヨンザイピーフービーも、
ジュゲムジュゲムゴコーノスリキリー
アブラカタブラ
エコエコアザラク
エロイムエッサイムエロイムエッサイム
とかの呪文のつもりなのか

その呪文を否定し
揶揄(やゆ)するものなのか
ラテン語の1節なのか
サンスクリットなのか
ヘブライ語なのか……

意味するものがなんだかは
はっきりとはわかりません
わかろうとすれば
ますますわからなくなることで
目的を達したような言葉です。

反面、どのような意味を与えても
通じるようでもある語句の連なりは
これこそ
ダダ的なボキャブラリー
といってよいでしょうが
ま、これも深追いしないで
語呂や語感を味わっているに
越したことはありません。

月が、
俺には
中にお姫様がいて
チャールストンを踊っているのに、
それは見えないから、
静かなんだがなあ。

だれも
このことをわかっていないようだなあ
このことをわかろうとしないなあ
チヨンザイチヨンザイピーフービーだよなあ
チヨンザイチヨンザイピーフービーだよなあ

さて俺は落付かう、なんてな、
さういふのが間違つてゐるぞォ
チヨンザイチヨンザイピーフービーだよなあ

月が美しいのはさ、
あのお月様の中のお姫様のようにさ
なんにも考えずに絶えず踊っているからさ

月の美しさを歌う中で
濡れ落ち葉にでもなろうとしている
凡人を痛撃します
しかし
その口調は
京都時代の激しさは消えて
穏やかです。
道化の口振りです。

 *
 ピチベの哲学

チヨンザイチヨンザイピーフービー
俺は愁(かな)しいのだよ。
――あの月の中にはな、
色蒼ざめたお姫様がゐて……
それがチャールストンを踊つてゐるのだ。
けれどもそれは見えないので、
それで月は、あのやうに静かなのさ。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
チャールストンといふのはとてもあのお姫様が踊るやうな踊りではないけども、
そこがまた月の世界の神秘であつて、
却々(なかなか) 六ヶ敷(むつかし)いところさ。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
だがまたとつくと見てゐるうちには、
それがさうだと分つても来るさ。
迅(はや)いといへば迅い、緩(おそ)いといへば緩いテムポで、
ああしてお姫様が踊つてゐられるからこそ、
月はあやしくも美しいのである。
真珠のやうに美しいのである。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
ゆるやかなものがゆるやかだと思ふのは間違つてゐるぞォ。
さて俺は落付かう、なんてな、
さういふのが間違つてゐるぞォ。
イライラしてゐる時にはイライラ、
のんびりしてゐる時にはのんびり、
あのお月様の中のお姫様のやうに
なんにも考へずに絶えずもう踊つてゐれあ
それがハタから見れあ美しいのさ。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
真珠のやうに美しいのさ。

(角川ソフィア文庫「中原中也全詩集」より)

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