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2009年9月 7日 (月)

ダダのデザイン<13>玩具の賦

大岡昇平は、
1974年(昭和49年)に刊行した
「中原中也」(角川書店)所収の「中原中也・1」で

ただし「道化の臨終」はダダ的なのであって、ダダそのものではない。この作品が書かれた1934年はほかに「ピチベの哲学」(2月発表、新発見)、 「玩具の賦」(2月)、「狂気の手紙」(4月)、「お道化うた」(6月、これもほとんど確認された)、「秋岸清涼居士」(10月)、「星とピエロ」(12 月)など、同じ傾向の道化歌が集中している。

時間と空間、対象と人称を意識的に混乱さすことによって、異様な嘲笑的で歪んだ詩的空間を造り出しているので、出まかせを言うダダの技法が、長々しいくどきとなって一つの完成したスタイルに達する。

一方あらゆる粉飾を捨て去ったような「骨」が書かれるのもこの狂燥の最中の4月28日である。
1年の後、「秋岸清涼居士」の凄惨な道化は、低温課程の中で、「含羞」の優雅な階調に転換される。 (略)

(略)多くの新発見の作品から見ると、ダダが彼が最も手足を伸び伸びと延ばせる環境であったこともたしかなようである。(略)

と書き、

「中原中也必携」(学燈社「別冊国文学NO4、1979夏季号」で
編著者・吉田凞生は、

昭和9年は「お道化うた」のような「道化」の作品が目立つ年である。

列挙すると、2月「ピチベの哲学」を「紀元」に発表、 4月「狂気の手紙」「骨」、 6月「道化の臨終」、 10月「秋岸清涼居士」「月下の告白」、 12月「星とピエロ」「誘蛾燈詠歌」を書くといった工合である。

「道化の臨終」は「Etude Dadaistique」と副題されていて、これらの詩の「お道化」が京都時代のダダイズムと結びついていることを思わせる。
あるいはこの昭和9年を第2の出発期と考えるべきかもしれない。

と、書きました。

大岡昇平は、「など」として、
全てではなく「例示」し、
吉田凞生は、「列挙すると」として
すべてをとりあげているようですが、
吉田凞生がとりあげず、
大岡昇平がとりあげている作品があります。

それは、
「昇平に」と献辞のある
「玩具の賦」で、
言うまでもなく、
この昇平とは、
大岡昇平のことです。

「玩具の賦」を加えると、
1934年の「道化の歌」のすべてということになり、
これを一覧すると
中原中也の
1934年という時点の
ダダイズムのデザインの全貌が
みえてきます。

 *
 玩具の賦
    昇平に

どうともなれだ
俺には何がどうでも構はない
どうせスキだらけぢやないか
スキの方を減(へら)さうなんてチャンチャラ可笑(をか)しい
俺はスキの方なぞ減らさうとは思はぬ
スキでない所をいつそ放りつぱなしにしてゐる
それで何がわるからう

俺にはおもちやが要るんだ
おもちやで遊ばなくちやならないんだ
利権と幸福とは大体は混(まざ)る
だが究極では混りはしない
俺は混ざらないとこばつかり感じてゐなけあならなくなつてるんだ
月給が増(ふ)えるからといつておもちやが投げ出したくはないんだ
俺にはおもちやがよく分つてるんだ
おもちやのつまらないとこも
おもちやがつまらなくもそれを弄(もてあそ)べることはつまらなくはないことも
俺にはおもちやが投げ出せないんだ
こつそり弄べもしないんだ
つまり余技ではないんだ
おれはおもちやで遊ぶぞ
おまへは月給で遊び給へだ
おもちやで俺が遊んでゐる時
あのおもちやは俺の月給の何分の一の値段だなぞと云ふはよいが
それでおれがおもちやで遊ぶことの値段まで決まつたつもりでゐるのは
滑稽だぞ
俺はおもちやで遊ぶぞ
一生懸命おもちやで遊ぶぞ
贅沢(ぜいたく)なぞとは云ひめさるなよ
おれ程おまへもおもちやが見えたら
おまへもおもちやで遊ぶに決つてゐるのだから
文句なぞを云ふなよ
それどころか
おまへはおもちやを知つてないから
おもちやでないことも分りはしない
おもちやでないことをただそらんじて
それで月給の種なんぞにしてやがるんだ
それゆゑもしも此(こ)の俺がおもちやも買へなくなった時には
写字器械奴(め)!
云はずと知れたこと乍(なが)ら
おまへが月給を取ることが贅沢だと云つてやるぞ
行つたり来たりしか出来ないくせに
行つても行つてもまだ行かうおもちや遊びに
何とか云へるものはないぞ
おもちやが面白くもないくせに
おもちやを商ふことしか出来ないくせに
おもちやを面白い心があるから成立つてゐるくせに
おもちやを遊んでゐらあとは何事だ
おもちやで遊べることだけが美徳であるぞ
おもちやで遊べたら遊んでみてくれ
おまえに遊べる筈はないのだ

おまへにはおもちやがどんなに見えるか
おもちやとしか見えないだろう
俺にはあのおもちやこのおもちやと、おもちやおもちやで面白いんぞ
おれはおもちや以外のことは考へてみたこともないぞ
おれはおもちやが面白かつたんだ
しかしそれかと云つておまへにはおもちや以外の何か面白いことといふのがあるのか
ありそうな顔はしとらんぞ
あると思ふのはそれや間違ひだ
北叟笑(にやあツ)とするのと面白いのとは違ふんぞ

ではおもちやを面白くしてくれなんぞと云ふんだろう
面白くなれあ儲かるんだといふんでな
では、ああ、それでは
やつぱり面白くはならない写字器械奴(め)!
――こんどは此のおもちやの此処(ここ)ンところをかう改良(なほ)して来い! トットといつて云つたやうにして来い!                      (1934.2.)
(佐々木幹郎編「中原中也詩集『山羊の歌』角川文庫クラシックスより」

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